おとなのひと
たちばなまこと

Englishman in New York が聞こえる
懐かしい香水の匂いが通り過ぎる
地下へもぐる階段で
地下鉄の隣の席で

自分の左手を見つめる
指輪がひとつ
そのほかはヌード
針の刺し傷
赤や青のマジックの跡
しわの多い手のひら
職人の手
広げたり
握ったり
ひっくり返したり

歓談の合間にときおり
クライアントからの着信
Englishman in New York が聞こえる
ポリスの頃からのスティングを知っている
おとなのひと
いつも気の利いたお店を教えてくれる
いつも小さな女の職人色を立ててくれる
夜がふけるまでは
おとなのひと

冗談のふりをして簡単に
愛や恋を手のひらにのせて
再会の抱擁
こんばんは
さよならの抱擁
もうすこし
なんとなくさみしくて
なんとなく
あたたかさにくるまってしまう
都市のビルディング
ガラス玉が飛び散った空に浮かぶ
「きみの上司たちにも
 きみが大事にされるように
 ぼくはきみが好きだからねって
 言ってやったんだ」
そんなふうにまた
冗談のふりをして
宝石をくれる
おとなのひと
おとなの

好きなひとがたくさんいても
いいよね
そうだよね
すてきなことだよね
だれかのこころにふれないように
南の海をおよぐように
私も
おとなのひとも
おんなじ
さみしいひと
秘密なんてはじめから
もう時効だ


自由詩 おとなのひと Copyright たちばなまこと 2010-03-30 09:23:38
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