お姉ちゃんのこと
板谷みきょう

二十六才のお姉ちゃんが十月に入院した
おじさんはボクに
「入院してから笑うことを忘れたみたいなんだ。」と
ポツリと言った。

ボクは、お姉ちゃんを笑わせることができないか
そんなことばかり考えていた。
お姉ちゃんは、おなかに水が溜まるからと
管をおなかに差し込まれていた。

入院して四カ月目のことだった。
窓から見える大通り公園の
作りかけの雪祭りの雪像に
骨組があった。

ボクは、びっくりしておじさんに
その事を話したら、その驚きようが滑稽だと
おじさんが声を出して笑い始めた。
そしたら
それにつられて、お姉ちゃんも
小さく笑い声を立てた。
そして
「おなかが痛い。」と言ったんだ。

ボクは、スゴク驚いてしまったら
「おかしくておなかが痛いの。」と
お姉ちゃんは、また笑った。

「久し振りに笑ったな。」と
おじさんが言ったのを聞いて
ボクは有頂天になった。

けれど、お姉ちゃんは病名も知らされず
二十七才で死んでしまった。

お姉ちゃんに必要だったのは
一時の笑いなんかじゃなく
生きるためのいのちだったのに
ボクは
一度だけ笑わせること
それだけしかできなかった。


自由詩 お姉ちゃんのこと Copyright 板谷みきょう 2010-03-29 22:45:53
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