蛇たちの天体
吉岡ペペロ
コンビニの袋をちりちりいわせながら歩いていた
夜風のなかに小便のような匂いがした
あたりを見回すとその匂いはツツジの群生からこぼれていた
それは甘くて涼しいヨシミの匂いにも似ていた
連休ユキオはヨシミとパチンコ三昧の日々を送った
きょうも昼までヨシミとパチンコ店にいた
貯玉を増やしながら玉を分け合いながらかしこく遊んだ
景品をお菓子にして近くのホテルでそれを夕食にした
次の日もまた朝からパチンコ、ほんとうに楽しかった
つい数時間まえまでのことであるのに遠いむかしを思い出すようだった
オリオンって何処いっちゃったんだろうね、
閉店まで打った帰り道ヨシミが夜を見上げて言った
オリオンって何処いっちゃったんだろうね、ヨシミの口調をまねてつぶやくと明日から仕事だということを思い出した
ユキオの目に映る夜や外灯がひき締まった
連休まえにポンプも納入できた
自動倉庫のシステム変更も受注していた
工事は6月中旬、六百万の売上が6月にあがるのだった
高松営業所は半年で倍どころか四ヶ月で倍以上になるのだ
イケダが調達にアピールしてくれた工水用ろ過装置の話も納期四ヶ月から半年で見積を出していた
一千万を超える工事物件だったが他社よりもかなり安いという情報を得ていた
カタヤマはユキオの活躍を喜んではくれたが手放しという訳ではなかった
カタヤマからすれば結果を出すことなど当たり前のことなのだろう
登頂して、山頂ってほんとうにあったんだ、と大喜びする登山者などいないのとおんなじだ
カタヤマにとって高松営業所半年で倍はとっくに存在していたことなのだろう
シバタさんとの関係はいっこうに良くならなかった
カタヤマは、お客さんがいち言ってきたらじゅうを聞くんですよ、とアドバイスしてくれた
お客様に議論で勝ってたら飢え死にしてしまうからね、
ユキオはなるほどと思った
たしかにシバタさんが会社の悪口を言ってくると、ユキオは黙るかなんとなく立ち去るかしていた
ユキオは今度シバタさんがそんなことを言ってきたらじゅう聞いてみようと決めていた
ユキオを心配して常務のイケダはよく電話をくれた
高松営業所半年で倍を実現させているのにも関わらずカタヤマは本社で苦戦しているようだった
電話でのイケダの言葉の端々にそんな雰囲気を感じていた
なんで素直にカタヤマの言うことに耳を傾けないのだろう
恒例になっている週いちどのお酒の席だった
カタヤマにユキオが質問した
先生は本社ではうまくいってないんですか、古参の社員の言うことはじゅう聞いてないんですか、
デザートを決めかねていたツジさんがびっくりした顔をしてユキオを見た
なんでだろう、ぼくは出来てないな、カタヤマがオールバックの髪をフリスクでかきかきして宙を見上げた
ユキオはカタヤマに甲高い声で怒鳴られるのを覚悟して質問したのだった
焼酎のソーダ割りをかけられるかフリスクを投げつけられるか、そんなことまで覚悟していたのだった
ぼくにもうひとりぼくがいたらなあ、
蛇つかいには蛇つかいはいませんよ、
え、蛇つかい、
上田さんは先生のこと蛇つかいって言ってるんです、ツジさんが合いの手を入れてくれた
あとひとりでもベテランが会社を辞めてしまったら、コンサルティングの契約を解かれてしまうんだ、
社長は先生にとことんやって貰うって言ってましたよ、
坂本龍馬って、こんな感じで斬られたのかもな、カタヤマはそう言って口をとがらせたまま笑った
ユキオもツジさんも所在なくなって黙った
ユキオは坂本龍馬ならじゅうぶんじゃないですか、と言おうとしてやめた
後味の悪い帰り道だった
ぼくにもうひとりぼくがいたら、カタヤマの言葉を思い出していた
本社のベテラン社員たちは、なんで素直にカタヤマの言うことに耳を傾けないのだろう
ユキオはあけなくてもいい蓋をあけてしまったと思った
胸のあたりが淋しさでちいさく腫れていた
歩きながらヨシミに電話した
なあ、オリオンってほんと何処いっちゃったんかなあ、
いろいろ動いてるからだろうね、すごいんだろうね、ユキオ、あんたちゃんと立ってるか、
ユキオは明日シバタさんとしゃべろうと思った
ケイタイを持つヨシミのちいさな手を思った
それが星座のように一瞬、夜に座った