風花
西天 龍

山の麓、谷間の果てる所に家はあり
冬場はいつも風花が舞っていた

ストーブは子供の役目で
おっかなびっくり薪を割り
煙にむせびながら火を起こし湯を沸かした

町までは午前と午後に1本ずつのバスで1時間
母にも手に負えない高熱でも出さない限り
めったに乗ることはなかったけれど
町にあるものにはまったく興味がなく
風花舞い来る峰の向こうにあるものを考えていた

両親はいつも遅くまで野良仕事
暗くなっても帰らないときは
一人半ベソで待っていた

まゆ玉を飾ったり
戸口に柊を差したり
近くには行ってはいけない森や淵があり
お墓参りで転ぶと「カマイタチが来る」と
固く戒められた
奥の座敷は一人で行く勇気がなく
母がいるときそっと覗くだけだった

冬枯れた山間の懐かしい我が家
何もなかったけれど
全てが満ち足りていて
ここを去ることなど思いもしなかった

その家も共に暮らした家族も今はなく
その上に高速道路の橋脚がそびえ
落ち葉を蹴散らし車を走らせる
そのようにして
風花舞い来る高い峰の向こうに去ることなど
思いもしなかった


自由詩 風花 Copyright 西天 龍 2010-03-27 07:16:53
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