悪名 / ****'04
小野 一縷
土色に枯れた千の蛾が部屋を覆い尽くす
それに 白粉の殺虫剤を 噴きかける
ぽそぽそと 大小の蛾が 落葉になって
床に重なると 兄さんが 粉で真白の瞼を擦って
真赤な涙を垂らしながら言う
「一体、なにがあったの?」
「別に、虫が多いだけだよ。」と応える
ばふん 粉っぽい布団に 兄さんは再び横たわる
枯れた紙幣のように 蛾の死体が数枚舞う
・・・ずっと、おやすみ・・・
膵臓が白子の眼球を一個 孕んだようだ
だから粘っこく重苦しい吐気がする
俯くと
耳の上を両側から万力で締めつける拷問が始まる
はっ と気付く が 夢じゃない
と 赤く錆びた咳が 結核のふりをする 何千回と
血塗れの咽頭が そんな真似を 繰り返す
この刑の執行人は おかしい 気が違っている
何時だってハゲオヤジをオカズに自慰しているくせに
護謨の刺々しい味に似た聴覚信号が揺れる
勃起する遮断機の棒の縞々のような揺れだ
何処か遠い 何処かへ行きたい 列車がぼくの
股間を踏み躙る 尿道をじっとり痺れながら
一筋に燃える欲望が妄想の中に木霊する方言特有の性的嘶きを伝う
耳朶の中にわざと銀の粒を埋め込んだお陰で
年中錫色の耳鳴りがする傷口からいつも水が出ている
その黄ばんだ液体の香りは不潔な女性器の臭いと全く同じ
脳髄がくすぐったくなる異臭は可笑しな吐気を催す
それは初めて濡れた女性器を見た時の歪な視的感触に似ている
-いつの間にか そんな ちぢれ毛と肉の凹に
かんかん照りに 肉の凸を膨らませる 正常な男子に成長-
ずるずると啜る 静脈で液を貪る
硝子と金属の接合体は 純潔だ
脱皮して間もない 若い男性器と同じく
痛々しく 切なく 刺激的に 美しい
針の挿入はただの前戯で内容液の注入にこそ意味がある
血筋を残す行為の飽きれ果てに未来を夢見るぼくの夢想
その真意に直接流し込まれる精液は白罌粟の涙
白濁液は
ぼくの小学生時代の裏本っていえば不美人ばかり写ってた頃
陽子ちゃんのもこんな色気味悪いのかっていう思い出に似た青生臭い甘苦さがする
何かしらの病状だと想っていた この動悸や咳は
どうやら ただの余興でしかなかったらしい
コクトオが愛した天使と接吻を交わすには
まだまだ この道を深く行かなければならない
今 歩みを止めたなら
ぼくの過去は 自慰そのものとして 終わる
童貞のまま くたばる訳にはいかない
病むことなく 意図的に 患う
マスクも着けずに罌粟畑の花々を燃やす米兵
コロンビアの少女が手塩を掛けて咲かせた色とりどりの花々
彼女たちの冷たい褐色の肌 黒ずんだ輝きの瞳に
罪のない有害な昇煙が映る
澄んだ虹色の揺らぎが太陽に吸い込まれる
すると 太陽は酔っ払って 空を水面のように涙で滲ませる
兄さんは 葬列の中で ただ一人仮面を着けて
赤い涙を隠している いつも言っていた
「人様に嫌な思いをさせるな」と
さて 結局
こうして所詮裕福で 卑しい身分の者が
死後 詩人となる
ぼくの矮小で陰鬱な半生を知っている あなた方にしてみたら
ただの 恥知らずな 独白ではあるけれど
・・・蝶より、蛾が好きなんだ・・・