蛇は転ばない
吉岡ペペロ

きみんとこ、自動倉庫できるんだ、

ようやく工事物件の話をひとつ掴んだ
いまある自動倉庫を移設したいんだけど、きみやってみる、と現場のコガネイ係長が声をかけてくれたのだった

カタヤマの言いつけを素直に聞いておいてよかった
一回言ったくらいで相手に伝わると思ったら大間違いだよ、
カタヤマはエビングハウスの忘却曲線理論やメラビアンの法則を使ってその理由をユキオに教えた
わかるような気がします、上田さんにはもっとボディランゲージで伝えるようにします、ツジさんがくすりと笑った
ボディランゲージで何度もな、そう返したユキオはカタヤマもそうやって山を登っているのだと思った
だからユキオは、うちでもこんな工事やこんな設備ができます、お客様にそう言い続けることが出来たのだった

ユキオはコガネイ係長の現場事務所に引き返していた
ため息が勝手にでてきた
その設備を入れた商社ルートでしか工事はできない、さっきそうメーカーに断られたのだった
その商社とは所長の働いている会社だった
事務所が真っ暗だったので係長を工場のなかに探した
みな同色の作業服とヘルメットを着用しているのでユキオはひとりひとりに近づいていって顔を確認するほかなかった
もうメーカーは所長の会社に電話を入れているだろう
今にも所長がやって来そうな予感がした
途中からやり方をかえてユキオは気の良さそうなひとに係長の所在を聞いてゆくことにした

所長とすれ違った
こんばんは、ぐらいの軽い会釈をいつもはするのだができなかった
歩いてくる所長の目があきらかにユキオを睨みつけていた
係長と会ったに違いない、係長はあっちにいるんだ、
所長の轍を踏みつぶすようにしてユキオは歩いていった
所長の安っぽい香水の匂いが口のなかに入り込んできた

コガネイ係長はユキオの話をうなずきながら聞き
オレはあいつキライなんだよ、だいたいきみんとこを辞めてすぐ違う会社の人間になるんだからさ、なにが不満だったのか知らないけど、と言ってユキオの顔を見た
メーカーもあれからすぐ電話してきてさ、何様だよ、違うメーカーでやっちゃおうよ、ユキオは驚いた
違うメーカーに移設工事をさせるんですか、
そうだよ、いっしょだろ、そんなもん、
すみません、聞いてみます、
聞かなくたって出来るよ、
鼻のなかにも所長の安っぽい香水の匂いがのこっているような気がした
コガネイ係長の目にじぶんはどんな風にうつっているのだろう
ユキオはそんなことを考えながら係長の出来ると言う理由を聞いていた

いまある自動倉庫のメーカーから何人かの技術者がよそのメーカーに引き抜かれているはずだ、そんな話を聞いたことがある、そのメーカーを探せば出来るはずだ、
それなら出来るかも知れない
こんなチャンスを逃したらもう二度とチャンスは来ないだろう
ユキオは鼻から太い息を吐いてそう思った

コガネイ係長と別れて工場内のトイレを借りた
ユキオは手をよく洗い指に石鹸をつけそれを鼻につっこんだ
蛇口に鼻をもってゆき水道水を思いきり吸って出した
それをなんどか繰り返して顔を上げた

蛇は転ばない、

鏡に映るじぶんを見てそんな言葉が口をついて出た
カタヤマも蛇なら転ばないはずだと思った





自由詩 蛇は転ばない Copyright 吉岡ペペロ 2010-03-26 11:16:22
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