蛇と桜
吉岡ペペロ

所長とお客様のところですれ違うことが多くなってきた
常務のイケダは、それは社長と片山先生のまいた種だから上田くんは悪くないよ、と言ってくれた

さいきんやっぱりシバタさんが印鑑ついた発注書がないよね、
ツジさんがそう言ってユキオのほうを見た
ツジさんに睨まれているような気がした
それがかえってユキオに張ったもやもやを剥がしてくれた

かならず取り戻すから安心しろよ、

ツジさんがユキオから視線をはずしながら、かっこいいじゃん、と微笑んでくれた

根拠のない約束こそが約束だ、きのうカタヤマが言ってたことを思い出した

ぼくは坂本龍馬じゃないから、途中で投げ出すようなことはしない、

そうだ、カタヤマはそんなことを話していた
そのとき根拠のない約束こそが、・・・・
根拠のない約束こそが約束だ、というのはカタヤマではなかったか

このまえ桜のしたを歩きながらユキオは、結婚するならヨシミがいいな、と言ってしまった
ありがとう、そうだね、ヨシミが写メをとりながらそう返した

木に花が咲くって不思議だよ、桜をとってたら空もうつる、

おい、いまオレけっこうスゴイこと言ったつもりなんだけど、

あたしらまだ、曖昧だよ、

曖昧かなあ、

桜の花びらみたい、ピンクだったり、白だったり、灰色だったり、空の色だったり、

曖昧だから価値があるんだよ、

なんで、

根拠のない約束こそが約束だから、とユキオが言った

ツジさんが本社の経理の子から聞いたところによるとベテラン社員全員がカタヤマのセミナーをボイコットしたらしかった
カタヤマはつい最近のセミナーで

いまの五十代の人間がぼくは大キライなんです、と言い切ってしまったらしい

いまの五十代の連中は、部下後輩を教育することから逃げて、じぶんの立場をつくることだけに一生懸命だった卑怯者の集団だ、そんなカタヤマの話はユキオやツジさんをいつもすっきりとさせた

叱られたり怒られたりすることに慣れていない風土はやがて社風となって仲良しクラブをつくってゆく、仲良しクラブはいざという時バラバラになる、もうひとつ、おそろしく狭い視野で身内の悪口や後ろ向きな発言をして束なろうとする、そんな束ね方だと、いざという時バラバラになってしまう、

きのうもカタヤマからそんな話を聞いていた
ユキオもすっかり焼酎のソーダ割り派になっていた

ぼくは経営コンサルタントをやっているのではなくて、世直しをやっているつもりなんだ、

ぼくはね、我社の幹部には、オレがこの会社を背負ってるんだ、という当たり前の発想がないことに気づいてしまったんだ、いまこんな赤字な訳ですから、それじゃあだめなんですよ、

ユキオとツジさんはカタヤマの言うことがまっとうに思えた

片山先生は、世直ししてるんだ、という思いにつき動かされているんですか、ツジさんが聞いた

カタヤマはツジさんの声に落ち着いたようになって

そんなたいした人間じゃないけど、そうありたいとは思ってますよ、と言ってしばらく黙った

店を出てから三人で歩いた
もう散っているはずの桜の花びらがカタヤマの背中に付いていた
蛇に桜が、ユキオはそう思ってはっとした
カタヤマは蛇つかいのはずだ






自由詩 蛇と桜 Copyright 吉岡ペペロ 2010-03-22 13:53:11
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