殉死
within
ふくれる。頭をかきむしる。悪くない。これは悪くない。何をしてもどこまでも許される。母さんはそう言っていた。空腹。水ばかり飲んで、血の通っていない胃袋。越えてしまう。越境。満たしたい。頂点を迎える午前。所持金五十四円。昨日食べたアンパン。人のいない公園の水道に口をつける。
整備された歩道に連なる商店街。奇跡的に結ばれた同盟。耐震基準を満たしているとは思えない古民家の軒先。眠そうに箒で掃く若い娘。湿ったコンクリート。湿った唇。綱渡り。見る。射す光。覗く肌。白い。
ザラつく舌。店の中を歩く。積まれた菓子類の中の五十四円。くすんだレジの女。安物のパーマ。ガラスに顔が映る。いつだって無はない。荷だしする音。ダンボールを裂く。ちぎれる繊維。無というものが在るならそれはすでに無ではない。甘い、甘いコーヒー。マックスコーヒー。糖分と脂肪分。最大の五十四円。追い詰められた。進め。止まるな。ススメ。追いかけてくるものはいない。冷たくも、温かくもない。むきだしの。
軽やかに裂ける音。押し開けられプルタブ。舌から咽頭に広がる。薄れてゆく空腹。思い出。錯覚。父殺し。許し。逃避。ほこり。垢。錆びた看板。微笑の女優。所持金四円。
管を通り抜けるように、たしなめられる苛立ち。青。空。眠る男。ベンチがたわむ。ブドウ糖の鎮痛剤。頂点に太陽。底辺。ゆるんだベルト。ふくらまない希望。犬。鎖。男。青。飛び出した目。伏し目。数える。繰り返し。当てのない。
聞こえる。消えた犬。ゴミ箱に週刊誌。空っぽ。蹴り上げられる。缶。頭に巡る。歩を進める。人気のない。裏のカビ臭さ。無機質な焼夷弾。門を覗く。閉じられた窓。つるされた洗濯物。洗剤の臭い。自転車が近付き。過ぎてゆく。午後の始まり。太陽の傾き。三角比。斜陽のパチンコ店。音のしない路地。さがってゆく。血液の昂ぶりが消えてゆく。
影。大きな影に消される小さな影。空から鳶。獰猛な爪。凪。女。背後を値踏みする。提げたバッグ。ためらわず。飛躍する。法から。乖離する。見ない。聞かない。奪い去る。走る。走れ。走れ。ふさぐ。流れる。懐かしい。心音。どこまでも。高いところから低いところへ。引力。力。二つの関係。影のないビルの隙間。しみ出した水。空っぽ。徒労。失。格。デパートメントストア。
戦った。あきらめよう。エレベータで屋上の遊技場へと。戦った。フェンスの向こう。戦場。ラプターが突き抜ける。弾痕。
証明された希みなし。それでよいなら。引き金は用意された。
迷子のお知らせ。継続が確定された世界。衛星に映らない死。やめてしまえ。やめてしまえ。やめてしまえ。憎い青。そら。疲れた。追いかけることにも逃げることにも疲れた。この下の一隅で産声を上げたとき、物語は始まった。空にぽっかりと穴が開く。トンネルが待っている。フェンスにしがみつく。手のひらに赤い線。足を掛ける。よじ登れば、黒い穴が待っている。振り返ることはない。子供たちは知らない。黒い穴の意味を。崩落。鋼鉄のビルディングの瓦礫の下で埋もれた無数の温度。
凪の終わり。風が髪を乱す。よじ登る。何も聞こえない。思い出。人形。ウルトラマン。泣き続けた幼稚園の廊下。関心のない大人。不思議そうに眺める園児たち。気にせずそばを走る園児たち。
叫ぶ。泣き叫ぶ。過ぎてゆく。抵抗。捨てられた。舎。
母の背中。昼の光。黄色。黄色い鞄。
立つ。向こう側で。
駄菓子屋。握られた硬貨数枚。薄暗がり。響く低音。コンプレッサー。アイスキャンディー。汗滴る。布団の臭い。乱れたタオルケット。留守番。素麺をかじる。無音。風。くすんだ風景。景色のない。空襲。裏手で闇市。倉庫。米袋。タンカー。亡命。ミグ25。中尉。ソヴィエト。ベレンコ。アメリカ。女の子。海岸線。ガードレール。橋。妄想。自慰。にごり。水たまり。泥水。長靴。バドミントン。卒業。秋。灰色。独居。ゴミ袋。
木立。自転車。誘惑。孤独。文学。涙。荒廃。自傷。赤い夢。硬直。徘徊。闇夜。月。
インソムニア。幻覚。パラノイア。陸橋。鳥。カメラ。日の出。再来。
執着。
狙撃。狙撃手。
屋上。パンダの車。子供。気の抜けた。陽気さ。メロウ。焼夷弾。クラスター爆弾。列車テロ。眠れない。コンビニのカツ丼。痛み。薬。異端。ドフトエフスキー。検問。聴取。罰。高速高架。タンクローリー車。炎上。
ピンク色の消化剤。迫る罪。逃げる。塩をなめ、水を飲む。ナメクジ。人工甘味料。
山羊が道を塞いでいる。涙。涎。粘りつく。見えない爆弾。警報。防空壕。気の抜けたサイダーの甘みに腑抜け。冷蔵庫の明かり。混ざり合う血の臭い。タバコで埋め合わせる。ルービックキューブ。色は揃わず。いっそのこと。スキゾフレニアの内側へ。
毛細血管。枝。葉の落ちた。夕闇。群青。見え過ぎた眼。聞こえすぎる耳。突き当たり、跳ね返る、並木道。雪。コート。しびれ。居留守。静けさ。湖。定まらない感情。強姦。飛行機。銀色の腹。書き殴ったノート。引き裂かれる小説。燃やされる紙片。黒く溶けてゆく文字。意味が消えてゆく。ヒッグス場から逃走してム質量になり、軽さも重さもなく、白い世界に青猫の影が伸びる。切り取られて涙した写真。見ている。雑踏の顔を。覚えていく。描く。書き起こす。破る。呆ける。終点。知らない海辺。ゴミひとつない人工砂浜。海岸沿いの道。ウミネコ。ひとり。
掘削。開発。積み上げられる階。乾燥する網膜。落ち武者の首。城跡。新世紀の砦。焼け野原。身売りする少年。兵役。鈍色。白い。白い太陽が眩しい。アパート。たくさんの中のいずれかが欠けてゆく。終わってゆく。隙間だらけの鍵盤。いいさ、それでもいいさ。思えた瞬間、潮が引いた。なりたかったものはヒーロー。アイ アム ア ヒーロー。凪が終わった。風。鳴き風。下に見えるのは全て他人。つながらない。れない。ない。全くの白。漂白される前の白。
預けられた家。知らない女。交換。おもちゃの体。つままれた陰茎。敷きっぱなしの布団。知らない臭い。日陰の臭い。冷たい臭い。足元の猫。色の剥げた床板。空気の軽み。遊具の音楽。詩の一節。止める。停める。無理矢理に。
ベッドに横たわる老爺。においのしない部屋。戸が開け放れた。囲む女達の中にひとり少年。女が少年の尻を叩く。動かない手。握り返さない。返ってこない反射。名前を呼ぶ。耳元に投げかける。切り捨て。深夜の電話。飛び散った血の斑点。白いシーツの上。白くなった皮膚。目を剥いた。昼間、聞いた声。苦しい、苦しいが。顔色。変えず看護師が関節を曲げる。乱れる呼吸にマスクをあてがう。
酒壜。転がる空き缶。蹴り飛ばされた。子供、走る。数える鬼。面容。泣いている。弱気な青鬼。子供を食べては泣く。増える石仏。河原の石に刻む。命の数。単位。通貨。集合。移り変わる季節に蒸発する女。置き去りのクマ。
眼と眼が口づけする。書架の向こう。浮かぶブイ。徴。群れ。魚影。漁船団。透視。黒の向こう。生きる糧。喪失。失った。灼けた肌。忘れた。墨。焼け。炭。めまい。屹立。沸く。泡沫の息遣い。底なしの過去。衝突。怒号。いとゆう。雨。少女。血まみれの手のひら。
山にいる。梵鐘。薄暮。沼。泥。ガス。一日の後始末。始まる。仕事。薄気味の悪い。坊主の食卓。反芻。拒食。逆立ちすれば巻き戻し。記録を食べ続けて、太りすぎたアリクイ。
踊ることを拒んだ異邦人。流れる動画。首を切り落とし。実感のない。流れる外国語。いつの日か。理解。けれども。立っている。縮んだ睾丸。境界線上を。歩く。白線を越えないように生きてきて辿り着いた場所。血抜き。新鮮な。肉塊。抗わない。人形。トレイの上に並べられた切り身。粉砕された骨。合挽き。混在する魂。ひとつの肉体に、いくつも宿る。混ぜ合わされてもひとつなのか。つぎはぎだらけの。私。
踏み出せば止まる。賛同されない意見。否定した教師。うつむく彼ら。散らした結石。固まりの痛み。弛緩。交互に。一人で周った島。僕の世界は島。火ぶくれした腕。延髄。無意識。染み付いた。恥。人見知り。人知らず。人でなし。しなる電線。整った息。規則正しく。朝。そうでなければ。遅滞。幻想。海溝。沈む大陸。隆起する島。出血する森林。糸を引く暗渠。目前にある。見上げれば雲が流れる。ふくらんで、集まって、ちりぢりと。
銀色の巨体。天井が隠れる。轟音が内耳を潰す。空間の破壊。崩れゆく透明。遠ざかる揺れ。足先の冷たさ。背後から、おい。振り返らず、ゆっくりと踏み出す。右足。落ちてゆく。支えのない。奪われる。引力にまかせて。加速度は増してゆく。近付いてくる。詰み。投了。