蛇たちの疾走
吉岡ペペロ
ユキオは高速を高松ではなくてヨシミに向かって飛ばした
酒造メーカーの博物館で事務をしているヨシミに3時くらいに着くから早退しろと言ってみた
わかったよ、と即答で応えてくれたことにユキオは感謝した
ユキオはさっき真っ先にシバタさんに連絡した
やればできることだったんだね、と軽くあしらわれはしたが所長にはできなかったことなのだ
所長はおそらくライバル会社に入ったのだろう
カタヤマがぶち上げた高松営業所半年で倍という目標から見れば所長の動向などどうでもいいことのように思えた
所長の売上は毎月三百万をきっていた
粗利率だけ異様に高くてそれでも営業所は毎月赤字だった
ユキオの本社でのノルマはだいたい七百万ぐらい
とは言ってもその大半が前任者、前々任者、前々々任者のときからお客様にながれている製品のリピートだった
この七百万も良かったおととしまでは一千万ちかくあったそうだ
上田くん、景気のせいにしていては伸びないぞ、腕をあげてゆくんだぞ、
常務のイケダはよくそんなことを言っていた
そしてユキオに若い頃の営業話を面白おかしく語った
ユキオはなんとなくそれを思い出して
でも、蛇つかいじゃなかったんだよなあ、
常務にポンプの件を報告するのを忘れていたなと思った
ヨシミに会いに行くのが後ろめたかった
ツジさんにも電話してやらなきゃ、
快調に飛ばしていたユキオがやっと電話をした
ツジさんは、上田さん、スゴイじゃないですか、と驚いてくれた
常務は、メーカーさんに感謝しろよ、昼は領収書をもらっていいからメーカーさんと旨いものでも食べて来なさいと言って
上田くん、片山先生とは上手くやってるか、心配でなあ、と尋ねてきた
うまくというか、勉強になります、すこしこわいときもありますが、とユキオは答えた
こわいって、そうか、こわいかあ、本社でも片山先生についていけないって声が多くてなあ、ユキオは余計なことを言ってしまったと思った
こわいっていうか、ぼくにはちょうどいいです、と言い直したが嫌な感じが胸にのこった
ユキオはカタヤマとじぶんを重ねていた
カタヤマはカタヤマで山頂に向かって登っているのだ
カタヤマは蛇つかいだ、オレたち蛇が更正すればいいんだよ、
蛇が更正すれば、みんな蛇つかいになれるのかも知れない
みんな睨みあったり威嚇しあったりしている暇などないはずだ
暇などないはずだ、
ユキオの思考がふっととまった
所長がリピートなしで三百万くらいやっていたことを思った
所長が敵になることによって減るであろう売上を思った
ヨシミとの待ち合わせの場所が近づいてきた
昼の宇宙に銀河のような桜花のかたまりが爆発していた
ユキオは浮ついていたじぶんを恥じた
でも、季節ってのも、蛇つかいみたいなもんだよなあ、
誰に言うともなくそう呟いてユキオは、明日からがんばろう、と思った
待ち合わせの電気量販店の駐車場にはいるとヨシミの影はすぐ分かった