劇場
たもつ
軟らかな自転車に乗って階段を下りる
ハンドルが人の手みたいに生温かく汗ばんでいる
階段の下には民家と民家に挟まるような形で
小さくて細い劇場がある
切符売場で数枚の硬貨を出すと係の女性が
異物を扱うような仕種でチケットを差し出す
その手からチクロ飴の匂いが微かにする
中に入ると海亀が産卵をしていて人が集まっている
産むそばから、精がつくから、などと言って
粘液にまみれた卵を持っていってしまう
空いている席を探すけれど
どこの席もたんぱく質の固まりのようなものが
あったり、いたりして身動きもできない
開演のブザーが鳴り緞帳が上がると
向こう側に観客席が現れる
隅っこの席に自分の家族が数名座りこちらを見ている
スポットライトの熱さの中で
覚えたはずの無い台詞を
必死になって思い出そうとする