諷狂 / ****'01
小野 一縷
寒い季節に浮かぶ 旋盤された月 白く散った光の環
環光が
凍りついた街灯を弾き 音叉として響かせ
夜を宇宙の一角へ切れ込ませる頃
分母だ
物差し程度の尺度では敵わない
星の数ほど 限度まで冷えた夜空
中空に角度を 震えながら書き込んで
悴んだ両手の筒で 覗いてみる
数々の星々 犇めいても 遥かな高さ
昇る有害な狼煙は それでも距離感を霞ませ
黒く張り付いた天井を 充分引き寄せて見せるが
狭い闇の中に小さく蹲り眠るには
冷えすぎて退屈すぎた 時間の流れ
一定周期の脈音にmsまで重ね合わせ
目を閉じ 数え 連ねる
やがて熱を帯び 速度を増す 回転する黒い蹄
路上と街の果てに 微かに灯る 銀
重々しい眼光を 青黒く研ぎ上げる 胸の内に渦巻く 気流の音は高く
走って 乱雑な 震動に
恍惚と震えて もっと速く
脊髄の振動に 馴染めない胸の鼓動を左手で支えて
右手を捻る
流星群の燻り ネオンの大河を掻き分け
一層速い 光線となって 郊外まで
星々と街の灯の境界線は 波打つ
その波間から覗く 夜の奥へと
流す また 流れる 光の帯
振り払えない
流れるものと 流れる場所の 隙間に流れる粒子
何千回と空気の環を潜る度 骨と肉は時間に逆らい
景色との摩擦熱は増してくる
熱に解れた 体の 生臭い ところどころは
脳髄に直結の 鼻孔奥から吸い込んで 染み込ませ
0.1μmgすら逃さずに
風に擦れ 流速を上げた体液に 循環させる
立ちはだかる風圧を 八つ裂きにして
肋骨の隙間の其々にぶつけても 揚力は発生しない
飛べないが 景色と音の衝突に湧き走る 神経繊維の むず痒さ
μmm/ms単位の その巡航速度を 両腕に
赤い罅を描いた 血眼で 読取ってゆく 黒い筋
熱 音 時間 距離を 風は正確に把握し また自覚している
風景の速度
振り向いて 見る
残留熱に巻き起こる乱気流に 幾つかの記憶が
耳穴から吸い出され 後頭部へと靡く
目を閉じて 見る
大量に涙腺から流入する 景色の混じり合いが
溢れかえって 歓喜に溺れている 油ぎった色の小脳
乗っている
五感はどこまで移動に蕩けるか
膨張した感覚と微分された現実の距離を縮め
追っている
交じり合った原色を細分化して捕らえ 修正し導き出し
両側面に流れ出る 記憶の末尾を彩るため
何時まで見つめていられるか
眉間とこめかみを結んだ 揺れ動く三角形の正確な重心
何処までも 浮いたまま
殺風景を求める公式を追いかける左脳を追い詰める
闇雲に あらゆる吸気と あらゆる排気の効率を上げ
ところ構わず立ち昇る陽炎を 問い殺してゆく逃酔狂
景色の奥底から 静かに滲んでくる
氷霧のように鋭く 輝く 蜘蛛の巣
奥の奥の先に着くものは
微塵切り
思惟が描き続けた同心円を逆順に更新する旋風の回転数
その微分され尽くした分子の速度は死に際の円周率の細やかな歪さ
記憶に 知らぬ間に 記された数々の風の軌跡を遡って 辿って
果てに 意識の基盤が粉々に 砕け落ちていった 底に
風は止み 移動は潰えた
無意識を循環した風は 再発した意識の上において
数列と音階へと姿を変え 対流し蒸発する
時間を絡めて 遠退いて 昇ってゆく
耳と眉間の奥に 幾つかの数字がまだ 微かな音を伴って蟠っている
それらは夜の中に 円を描き 回り出す 光の環と等しく 薄く鋭い
その 一筋の光景