蛇の謝罪
吉岡ペペロ

となりのカプセルのアラームに起こされたユキオは浴場にゆき湯につかり頭を洗い全身を洗い歯を磨いて髭を剃りトイレを済ませてカプセルホテルを出た
8時まえにはメーカーに着き通勤ラッシュの正門まえに立った
あ、きみか、おはよう、昨日の営業部長に声をかけられいっしょに事務棟をあがった
朝礼のあと少しミーティングがあるからここで待っててくれるかな、ちいさな商談室に通されてユキオはここから始まるんだと思った
あ、ツジさんに電話するのを忘れてた、ため息を鼻から吐いてユキオは工場長をしずかに待った

営業部長と工場長がやって来た
テーブルのうえにポンプの図面と工程表が置かれた

きみも来てくれてるし、そうとう困ってるようだから、と前置きしたうえで営業部長は5月末だった納期を2週間縮めると約束した

なんとか連休前になりませんか、ユキオがテーブルに頭をついて言った

まだ無理を言ってくるようなら注文を断ったっていいんだよ、営業部長が語気を荒げた

沈黙がつづいた
ユキオはテーブルに頭をついたままだった
工場長はただ腕を組むだけで一言も喋らなかった
営業部長が沈黙をやぶった

いくら頼まれてもそれは無理だよ、きみのお客さんもめちゃくちゃだね、きみも営業ならはっきり伝えなくちゃ、こんなこと言ったら気分悪いと思うけど、まえの所長さんからも昨日担当に納期の督促があったらしいよ、

所長がですか、ユキオがつぶやくように聞き返した

ああ、きみとは違う会社の人としてね、もちろん筋が違うと担当も取り合わなかったそうだけど、

ユキオはあまりびっくりしなかった
自分でもよく分からなかった不安や不快感の正体が今はっきりと分かったからだった

この商売は、ぼくが死んでも、お客さまが死んでも、失礼ですが御社の担当者さまが死んでも、うちとお客さまと御社で、永遠にやってゆきたいんです、言いながらユキオはほんとうにそう思った

おかしなきれいごとを言うなよ、お客さんの言いなりなだけだろ、営業部長がユキオに怒鳴った

ほんとうに山頂なんてあるのだろうか、オレがここで踏ん張る意味なんてあるのだろうか、
ユキオはヨシミに会いたいと思った
なぜか分からないがヨシミに謝りたいと思った
ヨシミの指を抱きしめたいと思った
その指はヨシミの姿かたちと相似のかわいいかわいい蛇のこどものような指だった





自由詩 蛇の謝罪 Copyright 吉岡ペペロ 2010-03-18 02:21:44
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