海面上昇8
rabbitfighter
蝋燭の火で煙草に火をつけた。その蝋燭には赤い薔薇と黄色や青の花が散りばめられ、それらの花々の茎や枝は金色だった。母親の一人を弔うために、小さな町の教会で買い求めたものだ。教会の中庭には薔薇のアーチをくぐってはいる。足元には青や黄色の花が咲いていた。地元の人はそこを花の教会と呼んでいた。
もう一人の母親は布団の上で死んだ。誰も見取らなかったから、それが安らかなものであったかどうかわからない。生きていくうえで必要な形容詞を三つ選べといわれて、しばらく考えた後、生きていくのに必要な形容詞なんてあるんだろうかという疑問だけが宙に浮いたまま残った。安らかな死。厳かな死。完全な死。
窓の外で、季節は移ろう。女の子たちのおしゃべりのように、とめどなく。話題と話題の間には縫目などなく、時に高く明るく、時に低く静かに。一人が席を立った後に沈黙が訪れて、その間に海面が上昇し、またおしゃべりが始まった後でも、水位は下がらない。
今夜は月を見に出かけよう。乱視の目にぼやけて重なる三つの月を。
今夜は月を見に出かけよう。美しい歌声を聞いたから。
何でみんな、俺に月を見せたがるんだろう。
今日は満月だよ、きれいな三日月だよ、月が雲を照らしているよ、
遠いんだ、月は遠くて、そこに暮らす人たちはいつも静かだ。
俺は運命を信じない。
俺は生まれ変わりを信じない。
俺は罪を認めない。
流れ落ちて行き場を失った涙が、また海面を上昇させる。
俺はただ、流れる水の力を信仰している。