アラスカ6〜ここへ来る理由
鈴木もとこ

「ワイルドライフ・ツアーは楽しかったですか」
デナリ国立公園入口でバスを降りると、ガイドのコリン君が笑顔で出迎えてくれた。
「野生動物が沢山見れたよ。でも凄く眠くて・・・」
「日本人は乗り物に乗るとよく寝てますね」
やっぱり日本人はそこが外国であろうがどこでも寝てしまうらしい。緊張感が無いと
いうか・・・。人のことは言えないけれど。などと思いながらふとコリン君の手を見ると
私のカメラが!!「車にあったよ」と手渡してくれた。
これで午後のハイキングではデナリの写真が撮れる。早速出かける前に記念撮影。
 ハイキングは近くの山で、車に乗ると10分ほどで入り口についた。
辺りにはトウヒの森が広がり、針葉樹の爽やかで深い香りに包まれながら、苔むした
倒木の間を歩く。所々黒く焦げたような木もあり、垂れ下がった苔のカーテンの緑との
コントラストが一層不思議な雰囲気を醸し出していた。
「これは落雷で倒れたんですよ」とコリン君。「こうやってハイキングをしている時の
カミナリは本当に怖いです」と真剣な顔で言うのでちょっと可笑しかった。確かに釣り
の時のカミナリは日本でも危険だものね。
 ふわふわした落ち葉の場所を通り過ぎて、少しずつ上りになる。
赤リスがチチチ・・・と木の上で警戒の声を出している。がれきの上に茶色いネズミが
チッ、チッと短く鳴いている・・・良く見るとナキウサギだった。日本では滅多に出会え
ない希少動物なのに、こんなに近くで見ることが出来るとは。感激して写真に収める。
コリン君は何事もなかったようにガレ場を通り過ぎ、振り返って「ボクの秘密の場所に
いこうよ」と誘ってきた。道を外れ小さな丘を回って裏手に行くと、木が生えていない
少し広い場所に出た。苔の間に露に濡れた紫色の宝石。野生のブルーベリーが一面に
なっている。「ここのは甘いんだよ」とコリン君は言う側からつまんで食べ始めた。
私も一緒に数粒いっぺんに口へ入れる。爽やかな甘さ。2人でしばらく食べては岩場で
休んだ。
「日本のどこから来たの?」
「判るかなぁ。日本の一番北の島、北海道だよ」
「ボクは仙台に4年間居たから判るよ。ここと似てる?」
「少し似てるけど、全然違うよ。こんなに野生動物と人間が共存出来るような環境
じゃないよ」日本じゃ熊を見かけたら、すぐハンターが出て撃ち殺されてしまう。
野生動物は害獣なのだ。ここのように共存できるようになればいいのに。
 しばらく話してからまた登り始めた。
山頂では、抜けるような青空に遠く山々がはっきりと見渡せた。険しい山の連なり。
隣の稜線には白い点が5個。「あれはドールシープ(山羊)です」とコリン君が指を
指す。遠くの山では灰色の雲がかかって輪郭がぼんやりとしている。薄いカーテンの
ように少し波打っているようにも見える。・・・雨だ。
コリン君も見ながら「雨が近づいて来ている。もう降りた方がいいですね」と言う。
そういえば少し風が強くなってきた。急いでもと来た道を戻る。
車までたどり着くと、待っていたかのように大粒の雨が音を立てて降り出した。
少し離れたホテルにたどり着くと、もう雨はあっけなく上がってしまった。
まだ明るい夕方5時。何もする事が無いので、コリン君を夕食に誘った。彼は嬉しそう
に「最近の日本の話を聞かせて」と快く応じてくれた。
 レストランでアメリカ人仕様の骨付き肉を何とか平らげたあと、まだ時間が早いので、
ホテルのテラスで飲むことにした。
アラスカン・アンバービールを数本とツマミのドリトスを買い込み、ネナナ川沿いの
ホテルへ。木造りのテラスは何人か座れるように広くなっているが、誰も居なかった。
川のそばまでイスを出してビールをあける。爽やかな苦味とコクが何とも旨い。
あ、ビールは正しくは「ウマイ」とカタカナで書くのダと椎名誠がエッセイで言って
いたっけ。ウマイビールに会話が弾む。
「どうしてアラスカに来ようと思ったの?」とコリン君。
「写真家、星野道夫のエッセイを見て憧れたんだよ。彼の事知ってる?」
「名前は聞いたことあるよ。彼はアラスカでは有名な日本人だよ」
「ねえ、コリン君はどうしてここで働こうと思ったの?」
「ボクはロッキー山脈近くのモンタナ生まれなんだ。両親の離婚でニューメキシコに
引っ越したんだけど、都会がスキじゃなかった。だから自然が沢山あるアラスカに来
たんだよ」
「仕事は楽しい?」
「うん。忙しいけど結構スキだよ。日本語も喋れるし。ガイドの仕事を覚えたら、
アラスカに定住して自分で会社をやってもいいかなって思ってる。まだワカンナイけど
ね」
彼は若者らしく未来を探しにアラスカへやって来たらしい。ここには、自然を求めて来る
人や、消費文化を嫌って来る人、人間の煩わしさを避けて奥地に1人きりで暮らす人。
様々な目的でやってきては、厳しい自然の中で自分を試しながら住み着いたり離れていっ
たりしている。私もこれがただの旅行ではなく、何かを感じたくて来ていることに気づい
ていた。何かとは未来か過去か現在なのかは良くわからない。
ただ、アラスカは2万年位前の氷河期には現在のベーリング海が“ベリンジア”という
細い陸地になり、アジアと陸続きになっていたという文献を読んだときに、心が震えるの
を覚えた。そして、遠い昔バイカル湖周辺から出発したモンゴリアンは、一方はサハリン
の先から下って日本人の祖先になり、一方はこのベリンジアを通りアメリカ大陸に渡って
エスキモーとなったという学説。同じ祖先を持つモンゴルに惹かれて数年前現地を旅した
事を思うと、ルーツを通して何かを見つけたいのかもしれない。
 白夜が終わり、ようやく山の向こうに沈みだした夕日を見ながら、アラスカンアンバー
のやわらかな酔いと大地を吹く心地よい風のなか、そんなことを考えていた。


散文(批評随筆小説等) アラスカ6〜ここへ来る理由 Copyright 鈴木もとこ 2004-10-01 19:02:58
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