青噛む春
水町綜助



あの時誰かが血を通わせただとかいう
そんな街はもうたくさんだった



新緑の葉脈はもちろん、
青噛むような桜
セルがひとつずつ
つぶれていく音が顎を伝う花びら、
そして秋の枯れ葉と言えば乾いて
割れた断面に
静脈の黒い血の玉が無数に膨らむようだ、
(なんて考えたことはねえが

そんなことが彩度も高く青々とした晴天の下で繰り返された
箔を押したようにならされた

だがそれも些細なことだと、
溶け残った砂糖もゆっくり渦巻きともるし、
僕もうなづく
なにしろ

この街で僕が昼夜行う
写真の焼き増し作業と
その写る風景は装置で
へらへらと自嘲の台詞をのべ
そのあと沈黙



僕は、予防線をはるのだった」

のだから





生まれ故郷のとあるビルの一室で
干肉をしがみながら電話
コーヒーと合わない
栄養についての質問
タンパク、そしていくつかのビタミン
後はよくわからんと答えると
それでは体を壊すと諭される
野菜はやはり生きているに限るのだ
畑から芽を出すキャベツの若芽をかじり
土も少し食べる
あのしんしんと降り積もったような香り
夏の夕立が夏を
目にうつる
夏の一面を
濡れそぼらせるほんの一瞬に匂い立つあの
そんな味覚で僕は体を補填し続けては
日めくりの少し先を覗き込んだり
空想を張り巡らせたりした
そして結局野菜ジュースを飲む
とても、おいしいのだ、と、そんなある日
星肉について考えた
色は赤
まあ予想通り、爆発したのち地球に無数に降り注いだ肉片だ
グレービーソースが大気圏突入で焼かれて
焦げた風味がアクセントで
とりわけ旨いと
そんな訳はないし、これは人類への比喩でもない
ほうき星&チョコ
その名前のかがやきに何かしら期待をしただけ
まあ、そんな星が降らなかった街でその来し方について調べながら春を待っている
恩返し、とつぶやきながら冬を見送り、とげ刺す冷風をわすれ、チョコがやわらぎ、
「名前忘れちゃった」とひとこと告げる
すると乳白色に青縞のバスは煤煙を吹き出し
サークルケイは自動ドアを閉じ
コアラは木から落ち(目が怖い
名前を失ったあのひとは通りの向こうで笑い 車にさえぎられ 連続できない
とある街角にあの夜立ち 明滅のままに断続し
あの窓をその夜開き
この朝がくる前に閉じ
そのほんの一瞬前に僕と目を合わせ
元気でねと言ったか言わなかったかもうわすれて
ほんの細い指にも似た糸のような
たしかな摂氏を持つのかわからない
体積がなく面積を持たず
質量を持たず距離を持たずましてゼロ距離にもなく
空気を震わせることもなく思い知らされるものを
目に新しく指先に感触として
舌先に舌禍のように春先を嗅いで
鼓膜を裂くように某所で完全に消えて
それはこの街で
この場所で
あの時のことで
もう名前は忘れてしまって














で、また春


自由詩 青噛む春 Copyright 水町綜助 2010-03-16 00:08:03
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