「春想海」
月乃助

光りがこぼれ
海鳴りが、さわがしい

海峡は、もう春の白波をたたえていました
モザイクのような潮の流れに
遠く、
アシカたちの群れる灯台の島は、にぎやかさを増して、
その鳴き声を潮風にのせてきます
群青色の水に休む貨物船のまどろみを
海鳥達がからかったりして、
風を泳ぐように飛び去り、

この海にたくさんのものを捨て去りました
人の知らぬ間に
傷んだ林檎を投げ捨てるように
嗚咽の涙を、諦めの吐息を、憤りの眼差しを
海峡は、少しも気にせず
荘厳なほどの水をたたえたまま
すべてを飲み込んでは、なお平然として
季節に身をまかす

( 悠然と、それがここでは許されるのです )

対岸の山脈は、雲をかぶったおぼろの
稜線をかくしたりするのに、今日は
天蓋のそこだけ 中天はいっそう青く 光りの中に輝きながら
灰青色の足元のひろがりと一緒に
海峡との境を不確かにして、遊ぶように見つめています

白い飛沫に、
少しばかりの冬の寒さがあるのに、
それさえも、春の海は楽しんでいるような
今日は、余裕があるのです

空を支える海のひろがりに
海鳥達も羽を休めては、波に身をまかせて
生き物であることを やめた
白い小さな定点になって、景色に一つになるように、ただ、
声だけで、その存在を
あきれるほど、いやというほど 示している
( 海鳥達の鳴き声を、今日はどうしてか
 解することができる気がします なげきばかり… )

季節など いにかえさない 海峡の
いにしえからの水の冷たさが
ほんの少しばかり
春を待ちわびた
心に入り込んでは 
子どもをあやすように
私をもてあそんだりするのです





自由詩 「春想海」 Copyright 月乃助 2010-03-15 06:47:00
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