「その海から」(61〜70)
たもつ

 
 
61
 
窓口で明日のことを聞く
明後日のことはわからないと言う
 
犬の尻尾を握ったまま
数日が過ぎた
 
公印の刷り込まれた
きれいな色の証明書が届く
 
 
62
 
受話器を取ると
波音が聞こえる

海は何を伝えたかったのだろう
その海では
伝えたくないことばかり
生まれてくるというのに
 
でも僕は
ソファに広がっている
 
 
63
 
室長にひびがはいる

スペイン語で書かれた懸案事項は
昔からずっと
偽物のまま

分断して
蒸気船が入港する
 
 
64
 
駅名の無い駅で
ベンチに座り
来るはずのない人の名を
待っている
今日は言葉の代わりが
見つからないので
チューリップの絵を描いて
終日過ごす
 
 
65
 
メニューに
僕の名前が書いてあった
 
隣の席の人が僕を注文したので
こちらへどうぞ
と店員に案内される
 
注文した人と対面する
負傷した人たちが
帰還してくるのが見える
 
 
66
 
慈しんだ
あの空を
この朝を
食卓のピーナッツバターを
素晴らしい、素晴らしいと言っても
それを咎める者など
誰もいなかった
   
  
67 
 
眠っている人の
まぶたを押して歩く
 
みな安らかな寝顔なのに
淋しさや悲しみの類の答えが
返ってくる

屋根に星屑が降り積もる
朝までには
すべて溶けるのだろう
  
 
68
 
豆腐専用のポストに
豆腐を投函する
家に帰ってから
絹ごし用の方に
木綿を入れてしまったことに気づく
誰かに謝りたくて
果物でも剥こうと思ったけれど
昨日から台所が壊れている
  
  
69
 
家の裏に都会がある
華やいだ人々のざわめきや
乗り物の動いている音がする

一度行ってみたいのに
家の裏へと続く
道が見つからない

都会のある方の壁に
窓と
窓から都会を覗く
自分の絵を描いてみる
 
 
70
 
無人のお花畑に
パラシュートを開いたベッドが
落下する
揚げたてのコロッケを
たくさん積んで
 
もし新しい子が生まれたら
白い色鉛筆を持たせてあげよう
好きなものを
好きな形で
描けるように




自由詩 「その海から」(61〜70) Copyright たもつ 2010-03-14 13:06:09
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