戯曲 マクベス21
salco
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第1幕
登場人物 マクベス (テクスサクス州知事、後のスカトロランド王)
従者 (秘書官)
SP若干名 (目と口にガムテープ、耳には栓をしている)
3人の魔女
第1場 州都ピュークストン中心街、深夜の路上
3人の魔女登場。輪になって踊る。
魔女1 世紀末あけましておめでとう。ずい分留守にしてたけど!
魔女2 あれから何年経ったのだね? 久し振りに呼ばれたけど!
魔女3 年などどうでもよい事さ、滅びを知らぬあたしらにはね!
魔女1 そうだ、風のように、雨のように巡るから
魔女2 まるで不幸や災難のように降りかかるから
魔女3 まるで欲望や夢想のように立ち現れるから
魔女達 年をふろうが絶えはしない。古いようで新しい、新しいようで古の、歴史は
同心円の経巡りだ。どれ、墓石の上を跳ぼうじゃないか。
スカートをたくし上げ、ヘッドバンギングの魔女達がぴょんぴょん跳ねる
ところへマクベスと従者登場。
マクベスは手ぶら、従者はブリーフケースを携えている。SPは懐手で
その辺に佇立。
マクベス ああ、気持ちのよい夜だ。春の気配が混じってはいないか、何やら心が
浮き立つような?
従者 さあ、あいにく私は副鼻腔炎だもので。
マクベス そうかい? ちょっとひっかけたせいかな?
ガキの頃を思い出すねぇ。俺も年を取ったという事だ。ふふ、それとも
久々にホームランをかっ飛ばしたせいかね。
ふん、ロバどもが、まさか俺が予算案で点を稼ぐとは夢にも思わなかっ
たろうよ。ふた言目には人権だ。人殺しにはぬくぬくと別荘暮らしをさせ
て、何の咎もない人間は塀の外で大人しく処刑されろと言うんだからな!
どうせ小銭を投げてやるなら、クズよりはガキの教育に先行投資すべきだ
と言やぐうの音も出まい。配分には黄金率あり、だ。肥料だろうと農薬だ
ろうとな。
税金は共益金だ、人でなしに施してやりたいなら鍵を掛けずに寝るがいい。
従者 おっしゃる通りで、ご主人様。あの時の連中の顔ったらありません、全く
胸のすくような、素晴らしい答弁でした。
マクベス 連中は障害者の傍らで己が健康体を後ろめたく思うような、歪んだ罪悪感
に疼いてみせることを人道主義と呼んでいるのさ。
だが我々公僕はだ、州民の利益を第一義に奉仕するのが責務というもんだ。
尤も、教育予算に与った貧乏人のガキ共のろくでもない将来について責任
を取るつもりはないがね。なあ?
従者 「政治家である前に1人の人間として考えたい、などと陳腐なことを言う
よりも、現に私の役職は州民の皆さんの幸福の為に存在し、為政者を標榜
するならば、法治国家の名の下で処刑される者の自業自得でなく、理不尽
にも命を奪われた無辜の人々の無念に心を寄せたく思います」。
全く、名演説で。
マクベス (独白)俺の作ではないけどな。
……何だ、生臭いぞ。カエルでも死んでいるのか?
おや、あんな所にババアが3人。こんな夜中に何をしている?
売女にしては売り物にならぬあの体、売人にしちゃこれ見よがしの身の
こなし、ボロは着てるがホームレスにしちゃ陽気なそぶり。
従者 お気をつけ下さい、ご主人様。民主党のシンパかジャーナリストやもし
れません。
マクベス 言われてみりゃそうだな、ああいうバイタリティーには政治的意図を感
じる。まるで発情期の猿のように狂騒的で、死肉を巡るハイエナよろし
く狡猾なツラ。
俺も尻尾、いや舌先をつかまれないよう気をつけよう。
第2場 マクベス、従者とSPを従え魔女達に歩み寄る。
マクベス (ベルカント唱法で)いや、有権者の皆さん今晩は。
魔女1 これはこれは! まばゆいお方。マネーゲームの遅ればせの覇者、万事
滞りなくご機嫌麗しく。
魔女2 これはこれは! 頼もしいお方。西部の英雄、賢明なる主様、見違える
ほど立派になられて嬉しい限り。
魔女3 これはこれは! 力強いお方。向かうところ敵なしの、世界に冠たる国王
陛下、お目にかかれて光栄の至り。
マクベス (傍白)覇者だ? 見違えるほど? 国王?
ババアめら、俺を褒めているのか、馬鹿にしているのか?
(魔女達に向き直り)私はクリーンだしシラフですが、あー、どこかでお会
いしてますかな? 有権者の皆さん。
魔女1 いえいえ、例えば“ニューズ・ウィーク”でご尊顔を拝したまで。
マクベス 何と! ニューズ・ウィークが俺の顔を載せたって?
魔女2 あるいは例えばニューヨーク・タイムズで。
マクベス そりゃ私の親父とお間違えで?
魔女3 いえいえ、目ん玉に誓ってワシントン・ポストでも。
マクベス ……俺が一体何をした?
(従者に耳打ち)おい、俺は何かやらかしたのか?
従者 いえ何も。何ひとつ。
おい、ババア達、デタラメ抜かすと承知しねえぞ。一体どこの新聞・雑誌
がこの方の記事を書くと言うんだ、ゴシップ記者も素通りのこの方を!
言ってみろ、何ページのどこに載っている? ハイワニスポート一族の
ことしか書きやがらない雑誌のな!
マクベス その名は口にするな、虫酸が走る。
くそ! がめついアイルランドのイモめらが、ここ新大陸で英国貴族を
気取りやがって。何が名門だ、マフィアと同じ土俵で成り上がったくせ
に、笑わせやがる!
第2次世界大戦の英雄だ? ふん、背骨を痛めたお蔭で腹上死は免れた
わけだろう? 欲ボケ親父の色ボケ息子が、頭を吹っ飛ばされたお蔭で
脛の傷まで消えやがった!
畜生、我が心のダラーズを暗殺の代名詞にしやがって!
なぜ国民は一族を伝説化する? なぜ呪われた一族として切り捨てんの
だ? なぜ連中なんかにスカトロの栄光を重ね見る? 肖像の背景の真
っ黒な影は見ようともしない!
(心悸亢進、息切れ)馬鹿どもが……血圧が……。
魔女1 まあまあ、そうご立腹なさらずに、空きっ腹なお方。ニューズはニュー
ズでも、今週のじゃござんせん。昨日や今日の話じゃござんせん。
魔女2 そうですとも。タイムズはタイムズでも、運気が向くのは少し先。表紙
を飾るは何年も先。でも40過ぎればカレンダーのひとめくり。
魔女3 ポストと言っても、そんじょそこらのポストじゃないよ。私どもが今し
も見たのは未来のこと。私どもが祝うのは、玉座に座るお方の強運。
マクベス 何のことやらさっぱりですな。
(傍白)たわ言だ。どうせ目玉は白内障、アタマは緩んで認知症、どうや
ら病院にも行けぬ者達らしい。何せ貧乏人の健康には医療保障が効かぬ
国柄ゆえな。
(向き直り)さて、もう行かねばなりません。
魔女1 お待ち下さい、今しばし。私どもは占いする者、あなた様の未来を見た
者です。
魔女2 私どもは知っている者。生まれた時から何もかも、今の今まで知ってい
るよ。
魔女3 あなたが知らないだけの者。あなたに見えないあなたの運命(さだめ)
を握る者。
マクベス 何と面妖な、見ただの知るだの握るだのと。
気色悪いババアども、さては魔女だな? お前らなんかと話はせんぞ、
とっとと失せろ!
おお神様、どうかお助けを。
魔女1 やっとわかったかい、相変わらずオツムの鈍い坊やだよ。
魔女2 おやま、1秒の躊躇もなく死刑執行許可を出す男がお祈りかい?
魔女3 自堕落な弱虫の、嘘で固めた心が求めるのは神じゃないだろ。
魔女達 お前が求めているのは取引さ、甘い甘い約束と、もっともっと甘い汁。
マクベス たわけを抜かすな、俺が求めているのは自由と正義、揺るぎない信仰と
理想社会の実現だ!
おっと、何より州民の皆さんの健康と幸福と!
従者 ご主人様、相手になっちゃいけません。早く行きましょう。
魔女1 ママの毛深い繁みから生まれたお前は、そりゃあ可愛い赤ん坊だった。
さっそく男子を授かって、一族中が 喜びに沸き立ったもんだ。
魔女2 それがさ、お前。親の期待を裏切るような真似ばかり、勉強しないで遊
んでばかり。親族のスネとコネが頼みの劣等生になっちゃって。
魔女3 退学逃れも軍務逃れも親のコネ、事業資金も親のスネ、力不足で危うく
共倒れ、言い逃れのタネも尽きた挙げ句はアルコール漬け。
マクベス もうアル中じゃないぞ、俺は立ち直った!(指を立てて魔女達に詰め寄
る)代償も払ったぞ!
魔女達 (口々に)そうだろうとも、ほのかな芳香。こりゃスコッチかい? 懐か
しいねえ!
マクベス 3杯、きっかり3杯だ。ただの祝杯さ。
依存症が3杯でやめるか? 意志の勝利だ。言っとくが、この件で親父
の手は借りてないからな。
魔女1 立ち直って独力で、敷かれたレールをヨロヨロ歩く。
魔女2 石油に金に政治だろ、そんなタマじゃないくせに。
魔女3 いつまで経ってもパパの息子、小さなお目目がオドオド、キョロキョロ。
マクベス 黙れ黙れ黙れ! 挫折や汚点の1つや2つが一体何だ、俺の苦しみがお
前らなんかにわかってたまるか。
魔法を使ってここまで這い上がって来たわけじゃない。代償は払って来
たぞ、たっぷりとな。
従者 さあ、もう沢山です。行きましょうよ、ご主人様。
魔女達 代償だってさ。たっぷりと? 何が代償? 何をたっぷり?
魔女1 膝小僧にかすり傷、親父の息がたっぷりかかった椅子で大得意。
マクベス なるほど少しは援助も受けたさ、だが歩いたのは自分の足だ。
魔女2 少しはね。そもそも少しで事足りるのが魔法というものさ。
マクベス ふん、家名や親の業績だけで渡れるほど世間は甘くない。
魔女3 そりゃそうだ、誰にとっても七光りは靴底の糞には違いない。
マクベス いつか親父を超えてみせる。必ず超えてみせるのだ。
魔女1 でなきゃ生まれた甲斐が無い。
魔女2 さもなきゃ生きてる甲斐も無い。
魔女3 それじゃ死んでも死にきれない。
マクベス だけどた易いことじゃない。
ああ、なぜ俺の親父は貧農や労働者じゃないんだ。駐英大使ですらな
い? ただの社長やその辺の長官だったら、どんなに楽か!
生まれてこのかた俺のハードルは刑務所の塀より高い。親父超えはホワ
イトパレスで、しかも2期当選しかないんだぞ? くそ、これが飲まず
にいられるか。
従者 魔性に本音や弱音を吐いてはいけません。
マクベス うるさい、お前は黙ってろ。教員ふぜいの小倅が偉そうに。俺に向かっ
て指図をするな。
魔女1 そこでだ。月の無い晩に、お日様より輝かしい明日を見せてやろうと言
うのさ。
魔女2 闇より大いなる栄光、酒より熱い勝利の陶酔、国を世界を手中にする時
を。
魔女3 お手間は取らせぬ、ヤクや酒の代りに差し上げるのは、ほんの略図とア
ドバイス。
魔女達 (口々に)さあさ、こちらへ。父親を超える方、人気というより任期の上
で、かの英雄をも超える方。偉大な上にも偉大なお方。
マクベス、魔女達の後に従い道端のゴミ箱へ入って行く。
マクベスの声(従者に) そこで待ってろ、誰も呼ぶな。
従者 (傍白)呼べるもんかよ。
― 第1幕暗転 ―