耳の中
salco

壱;

とんがったピンセットを突っ込んで
耳の中をかき回す。

きっとここは中耳であろう
そこから先はぐっと地底に落ち込んだ
炭鉱の坑道であろう筈。
へい、地球人よ、ブラジル人よ
私は耳の中にキノコを栽培している者だ
卓上テレビを抱えつつ六畳一間の人生を
浮遊している我々とても
古くて古くて新しい、
カモメの旅が出来るぢゃないか! ヤー・チャイカ
先づは耳から始めよう
星の声する夜にでも
覗いてごらんよ、アミーゴよ
やはらかな風の吹き抜ける
耳の穴から脳みその向こうは既に宇宙であって
ほら最早、青き優しき惑星が
大漆黒の只中ではにかむように
輝いているよ、アミーゴよ
地球よい星
あなた良い人。

弐;

この原子力発電の時代に毎日、
いつものピンセットで耳をほじくる。

その先端に引っかかる物を総て
つまみ出しかき出し
耳あかもカサブタも滲出液もほじくり出して
とうとう鼓膜を突き破り
涙を流しながらも内耳を突き進み
やがて脳へ突き刺さると
突然宇宙の只中の
そこは月面の上である。
私は無音のカンタータを聴く
けれど作曲活動は出来ない
私は孤独の猿なのだ、それでも
スーツケースは持って来てある
四十億年の荒涼の果てに連なる
足元の砂れきに置いたその中には
誕生日用のロウソクが一本と、
退屈が詰まっている。
それでも時間は閉じ込め得ず
太陽が再びあの巨大な水の惑星の際に現れるや
既に私は老婆となっている事だろう
さりとて他にやる事も無いので
ひねもすピンセットで穴掘りだ
すると再び地上に出
彼方で誰かのHELLOと言う声がする
穴の出口に立った頃には既に声の主は無く
私はただぼんやりと座って待つ
耳をさかんにほじくりながら
穴から石油が噴出するのを夢見ている。


自由詩 耳の中 Copyright salco 2010-03-13 17:44:31
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