Eyre
月乃助

灰色の壁にかこまれ
孤児院で八年を過ごしました
柔らかな母親の胸に抱かれた記憶もなく
暖かな暖炉の炎を見ることもなかった
人に愛されることも
家族の意味も分からず
親友を病気で亡くしてからは
いつも一人でいました
 (そこでは、たくさんの子どもたちが、劣悪な状況に病気になって
 短い命を終えていました)
人を愛するすべも知らず
薄い毛布にくるまって眠った夜
ただ、ここを抜け出すそれだけを考えたのです
夢でも希望でもない 願いとして
頼る何ものもなかった 自分以外は、だから
自分を支えながら ただ それを苦労とも思わずに
そんな道を歩いてきたのです
学ぶことは許されるそこで、できうる限りの知識で己を満たし
人に教えられるほどになった時
やっと、古城からの家庭教師の誘いがありました
信じることができずに心を躍らせた 手紙
震える手でワックスを割った
年給30ポンドの俸給は、好条件だったのですから
いえ、お金でなく この暗い建物から抜け出せる
それが、ひどく嬉しかった
ほんのすこしばかり、自分のやってきたことが間違いでなく
自分自身をほめてあげたいほどでした
きっと次には、人を愛し 自分を大切にすることもできるのかもしれない
その人を想い描くと、頬が火照るほどのせつなさ
それが、いつかやってくる時があるのかもしれない
鞄に少しばかりの持ち物を詰めたら
すぐに出発しなければ
もう、誰も私をとめることはできない






自由詩 Eyre Copyright 月乃助 2010-03-12 17:50:50
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