果樹園
楽恵

(月を黒い種に、太陽を色彩の影のない輝きの雨にして)

ほんのりと甘い、果物の匂いがした
乾いた風が吹く緑の丘の上から
眼下に広がる果樹園を見下ろす
頭上の雲から誰かに見張られていて
けれど隠れるにはどこか物足りない
茶色い樹の枝のところどころに
桃のような林檎のような
薄紅色の実がなっている

果樹園に続く砂利道を下っていく
途中で数匹の黒い犬にすれ違う
彼らは何のための番犬なのだろう
黄色い蝶を追いかけて
幼い少女に戻っていくように
果樹園への白い道を歩く
追い求め、恋焦がれた花でなく
あのしっかりと実った薄紅色の果実をこの手にもぎ取りたい

果樹園が視界の隅々まで広がっている間は
鳥のように空を自由に飛び回る夢や
風に揺れる木漏れ日の慰めが
季節の移ろいのうちに忘れられた後も
記憶のもっとも深い場所は
香り豊かな午後の時間が溢れ
最後に降り注ぐ光に満たされている気がする
地上に残された最後の果実を
萎れたこの手のうちに触れずとも感じながら
果樹園に続く白い砂利道を歩く

(たましいと同じくらいの、果実の重さを)


自由詩 果樹園 Copyright 楽恵 2010-03-09 17:43:40
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