果樹園
楽恵
(月を黒い種に、太陽を色彩の影のない輝きの雨にして)
ほんのりと甘い、果物の匂いがした
乾いた風が吹く緑の丘の上から
眼下に広がる果樹園を見下ろす
頭上の雲から誰かに見張られていて
けれど隠れるにはどこか物足りない
茶色い樹の枝のところどころに
桃のような林檎のような
薄紅色の実がなっている
果樹園に続く砂利道を下っていく
途中で数匹の黒い犬にすれ違う
彼らは何のための番犬なのだろう
黄色い蝶を追いかけて
幼い少女に戻っていくように
果樹園への白い道を歩く
追い求め、恋焦がれた花でなく
あのしっかりと実った薄紅色の果実をこの手にもぎ取りたい
果樹園が視界の隅々まで広がっている間は
鳥のように空を自由に飛び回る夢や
風に揺れる木漏れ日の慰めが
季節の移ろいのうちに忘れられた後も
記憶のもっとも深い場所は
香り豊かな午後の時間が溢れ
最後に降り注ぐ光に満たされている気がする
地上に残された最後の果実を
萎れたこの手のうちに触れずとも感じながら
果樹園に続く白い砂利道を歩く
(たましいと同じくらいの、果実の重さを)