いちばんはじめの出来事
花形新次
最近耳の奥がキーンとするので、耳鼻淫行科に行くと、
「それはきっと、ドナルド“THE DUCK”キーンさんが日本文化センター大賞を受賞したことと関連があるに違いない・・」と机を叩きながら吐き捨てるような京都弁で最後に「・・どすえ〜。」と仰った主治医の茗荷谷博士に疑問を抱いた私は、その足で、鎌倉小町通りを練歩くことにしました。先生はついていらっしゃいません。
「日本文化センターって、テレビショッピングでしょうよ!」
私が申し込んだことがないと思って馬鹿にして、と激怒しながら、名物の小町ジャーキーを噛み締め、歩いていると、私のことをドラッグクイーンと勘違いした、修学旅行生に囲まれてしまいました。
(そのときの私は、下駄にランニングシャツと半ズボン、リュックを背負い、傘を手に持つという極めてヤマシタチックな格好でしたが、顔と髪型はボーイ・ジョージ風にしていました。)
「ねえ、ねえ ドラッグやって〜。」
そう言われても、私の持っているドラッグといえば、宇津救命丸しかありませんでしたので、その旨を一筆したためようかなとも思いましたが、「やって〜、やってよ〜。」と総勢4人の女子学生から攻められましたこともあり、思い切って、その場で救命丸を一粒鼻から吸引して見せました。
すると女子学生たちは、「何だあ、思ってたほどでもないじゃん。ちっ。」と半分怒ったように、しかも急速に興味を失って、「みんな、アンポンタンなんか相手にしないで、銭洗い弁天で、大事な部分を洗って来ようよ。」と言って、走り去ってしまいました。
まったく最近の女子学生ときたら、礼儀がなっとらん。こんなことだからベトナム戦争が泥沼化する前に、何とかしなければならなかったのだ!アオザイ!
そうだ今からでも遅くはないと思った私は、いても立ってもいられず、もう一度茗荷谷博士のところへ向かいました。
博士は、元グリーンベレーだったからです。
茗荷谷医院のドアを開けると、博士が迷彩服を着て、顔にも緑のペイントを施し、マシンガンを抱えて立っていました。
「博士大佐!」
「ギルバート!」
二人は駆け寄り、ひしと抱き合いました。
「お前、生きていたのか!」
「はい、博士大佐!しかし、早くしないと、奴らはもうすぐそばまで来ています。」
「そうか…。」
「どうしたんです、博士大佐。まさか、あなた・・。」
「私はこの場所を離れるわけにはいかないのだよ。ここには私を必要とする貧しく病に苦しむ人々がいる。だから最後の一人になるまで私はここに残る。」
「ならば、私も一緒に…。」
「それはならん!」博士大佐は大声を張り上げました。
「おまえには、地球防衛隊の書記および会計という重要な役目がある。それを全うしなければならないのだよ。」
「しかし…。」私が悩んでいると、
「しかしもヘチマもないどすえ〜。ないどすえ〜。」と人を馬鹿にしたような京都弁で締めくくりました。
私はこれ以上何を言っても無駄と諦め、駅前の新星堂でチェリッシュ・ゴールデンベストとバタフライエフェクトを買って、静かに自宅へと戻りました。