蛇つかいとの交信
吉岡ペペロ

雨はもうやんでいるのだろうか
プリントアウトしたA4の資料をユキオは読みはじめていた
青灰いろの夕方はユキオが窓に目をやるたびに黒く染まっていった

自分の思考以外なにも聴こえなくなっていた
ユキオにとってそれは静寂とは逆のものだった
いつの間にか外はまっ暗になっていた
窓のむこうにマンションの明かりを見つけると次第にユキオは静寂を取り戻していった

金曜の夜営業所にカタヤマから電話があった
あすの午前中までに高松営業所半年で売上倍のプランを送っておくから土日に読んでおくように、とのことだった
資料には、高松営業所の現状分析、半年で売上倍の戦術、その具体策が分かりやすく書かれていた
現状分析は所長が最後の日に高松営業所でカタヤマが調べたものをまとめたものだった
現状分析から導き出された半年で売上倍にするための戦術を、カタヤマは木金で具体策にまで落とし込んだのだろう

ユキオはちょっと感動していた
これがカタヤマの仕事だとはいえカタヤマはまったく無駄な時間を過ごさずに、ユキオにも半年で売上倍になることが実現可能に思える資料をつくったのだ
高松営業所にはお客様に日々ながれている売上のベースとなるような商品がない、これを半年で激増させるのは無理だ、半年で売上を激増させるためには工事物件を受注してゆくしかない、本社で工事物件を得意としているセールスにその工事内容、仕入先、ボリューム金額についてヒアリングを行いそれらをまとめたものをカタヤマはユキオに具体策として送って来たのだった

カタヤマはこの資料づくりをどこでやったのだろうか
自宅、事務所、それともファミレスかどこかでやったのだろうか
ユキオがヨシミを迎えに行きここに戻った往復5時間ちょっとのあいだにカタヤマはどこかでこの資料をつくっていたのだ
送信は土曜日の午前2時5分となっていた

ユキオは営業所のシャッターを開け自分のパソコンからカタヤマに返信した

すべて了解しました、実行に移します、

すると電話が鳴った
カタヤマからだった

上田くん、片山です、日曜なのに遅くまでご苦労さま、

ユキオはカタヤマにたくさん質問したいことや伝えたいことがあった
でもユキオから出て来たのは、ありがとうございます、がんばります、おやすみなさい、ぐらいのものだった

これから毎週水曜日そっちに行くけど、力を貸してください、がんばりましょう、おやすみ、

カタヤマからの電話が切れるとユキオの胸がざわざわと浮きたった
この空間にいる無数の蛇たちも、きっとざわついているのに違いなかった




自由詩 蛇つかいとの交信 Copyright 吉岡ペペロ 2010-03-08 15:47:00
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