川流し
salco

3月、無心な空でしたがそこに慈悲はなく
みな不寝の顔をして今日を倦み
姉はウィスキーのミニボトルと5号瓶を入れました
兄はマルクスの共産党宣言上下巻を入れました
私は書きなぐりの長い手紙を入れました
弟は、夫婦と一人娘の家族写真を沢山入れました
母は透明な内臓をひと塊り吐き入れました
父母の姉妹、縁戚達は静かな哀憐を投げかけまして
白や薄紫の花で埋まった棺の蓋が閉じられて
疲れた葬儀屋の白手袋が儀式的な釘打ちを行ないますと
父はゆっくり流れて行きましたよ
曹洞宗の高僧が頑健な背で結界を張ったその向こうへと
野太く荘厳な読経で逆巻く轟音に対峙するその向こうへと
大きく口を開いた緋色の業火の川へと放たれました
見知らぬ行旅死人のような忘れたい刑死者のようなその硬い骸を
薄い戸板にくくりつけ
私達は私達を育てた人を時の外へ地球外へと流しました
煙突の陽炎にわずかな黄色が混じるのを仰ぐと顔を歪め
父の腕で2歳の娘はおじいちゃんがかわいそうと啼泣しました


自由詩 川流し Copyright salco 2010-03-07 19:28:40
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