漣
小川 葉
わたしたちはいつか死ぬ
ということは
死にゆくわたしが見てるのは
夢なのではないか
+
わたしは空を飛ぶ
鳥だったような気がする
わたしはアスファルトに咲いていた
植物だったような気がする
わたしは塀に描かれた
落書きだったような気がする
わたしは消されてしまった
古い街並だったような気がする
わたしは空
だったような気がする
見あげるわたしは
わたしだったような気がする
+
お父さんが
もう一人いる
お父さんは
わたしなのに
ききわけのない息子に言う
お父さんに
怒られるよ、と
ついに怒らなければならない
もうひとりの
お父さんである
わたしが
やさしいお父さんに
戻りたいのに
タイミングがむずかしい
+
父さんが
部品倉庫で
部品の在庫を調べている
在庫が減っていないので
業者に注文できなくて
首をかしげている
父さん
この店はもう
倒産してしまったんだ
こうじょうではなく
こうば、と呼んでいた
裏の工場も
帰省するたびに
お寿司なんかいらない
ビールは発泡酒でかまわない
ただ、あの頃みたいに
釣りに行きたい
スキーは無理かもしれないけれど
もう一度だけ
あなたに褒めてもらいたい
+
夢から覚めると
仕事にいかなければならない
わたしが生きるために
妻とこの子が生きるために
けれど
夢ばかり見てしまう
夢を持てと
先生は言ったけれど
わたしは夢を
見ることしかできない
マンションが欲しい
空から見おろす
街の夜景は綺麗だろうな
夜景のどこかに
わたしの借家がある
わたしの、ではないけれど
息子がこの家を
故郷と思って懐かしむ
そんな日がいつか来るだろう
+
わたしがいつか
おばさんになっても
という歌があった
まさか
そんなことが
あの頃は思っていたけれど
おばさんになっていた
妻を愛してる
+
死にゆくわたしは
言葉などいらない
愛という
簡単な言葉から
漣に消えていく