チェビ砂丘
楽恵


心はいつも溢れる洪水の岸にあるけれど
この身は独りモロッコの砂丘にある。

鳥が落とした棒切れを拾い上げ
星形の砂漠に
蜘蛛と猿の地上絵を描く。

砂紋を横切るように
てんてんと残された足跡は
駱駝を人生から捨て去った民の
眩惑の歴史かもしれない。

午睡と引換えに
井戸から冷水を汲み上げて
苦しいほど貪欲に飲みこむ。
口を拭うと
近くで蛇がとぐろを巻いている。
まだら模様の。

日暮れになれば
降参したベドウィンの白旗だけが
虚しく風に戦ぐ。

夜間飛行に飛び立ったプロペラ機が
点滅しながら光るのを見送ったら
パラシュートの傘を背負った月が
静かに降りてくるのを
仰向けのまま待っている。

そしてこのまま永久に
時間を止めた漆黒の空から
私の名前だけ
星の瞬きのように呼びかけてほしい。




自由詩 チェビ砂丘 Copyright 楽恵 2010-03-03 19:12:55
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