チェビ砂丘
楽恵
心はいつも溢れる洪水の岸にあるけれど
この身は独りモロッコの砂丘にある。
鳥が落とした棒切れを拾い上げ
星形の砂漠に
蜘蛛と猿の地上絵を描く。
砂紋を横切るように
てんてんと残された足跡は
駱駝を人生から捨て去った民の
眩惑の歴史かもしれない。
午睡と引換えに
井戸から冷水を汲み上げて
苦しいほど貪欲に飲みこむ。
口を拭うと
近くで蛇がとぐろを巻いている。
まだら模様の。
日暮れになれば
降参したベドウィンの白旗だけが
虚しく風に戦ぐ。
夜間飛行に飛び立ったプロペラ機が
点滅しながら光るのを見送ったら
パラシュートの傘を背負った月が
静かに降りてくるのを
仰向けのまま待っている。
そしてこのまま永久に
時間を止めた漆黒の空から
私の名前だけ
星の瞬きのように呼びかけてほしい。