Babylon
高梁サトル
冷たいコールタールに沈んで
薄い唇を堅く閉ざせば
沈黙が真実さえも無に返して
上辺を撫でる風には奪うことができない
追憶の時間を抱き締めている
強張らせた体が化石になって
何万年の間黒い涙を流し続けたら
硬い鱗も剥がれおちて
別の何かに生れ変われるかもなんて
国境が消えるほど地球儀を撫でた
指先を取り込んだ瞳の奥深くで
生まれては消えていく卵子が
朝と夜の訪れを交互に待っている
失われた大地の前で立ち尽くす
有意義なほろびなんてないその先で
悦びを謳うあれはきっと
私の何かでもあるはずなのよ
どんなに隙間だらけの体だとしても
(私を私に返して)
・
対になる肩書きを失っても
寄り添おうとする心は
帰る家もない故郷に
立ち寄りたくなる気持ちに似ている
二度と引き返せないと知ったのは
初めての呼吸から数えて何回目のこと
思い出す間にいくつの呼吸を重ねて
焦燥ばかりが募る道の途中で
駆け出す鼓動を組み敷いて
ひれ伏せさせることのできる静寂が
この空の下にあると信じている
それが失われた声であったとしても
(きみを私に返して)
・
目深にかぶったフードから覗いた
微笑みが焼き回し続けて擦り切れても
これは消耗品なのだと形を崩したまま
不器用に伝えようとすれば耳を傾けてくれる
その優しさにまた擦り切れてゆく
そんな弱さでは何も引き留められない
どうしようもない生き物だと思い知っていく
綻びた布地を繕う仕草を繰り返す
この手が糸が途切れる日のくることを
有限が無限の胎盤へ帰る瞬きの間に
円天井から降り注ぐ温もりを少しでも
少しでも多く
(私を空に返して)