Babylon
高梁サトル


冷たいコールタールに沈んで
薄い唇を堅く閉ざせば
沈黙が真実さえも無に返して
上辺を撫でる風には奪うことができない
追憶の時間を抱き締めている

強張らせた体が化石になって
何万年の間黒い涙を流し続けたら
硬い鱗も剥がれおちて
別の何かに生れ変われるかもなんて

国境が消えるほど地球儀を撫でた
指先を取り込んだ瞳の奥深くで
生まれては消えていく卵子が
朝と夜の訪れを交互に待っている

失われた大地の前で立ち尽くす
有意義なほろびなんてないその先で
悦びを謳うあれはきっと
私の何かでもあるはずなのよ

どんなに隙間だらけの体だとしても
(私を私に返して)



対になる肩書きを失っても
寄り添おうとする心は
帰る家もない故郷に
立ち寄りたくなる気持ちに似ている

二度と引き返せないと知ったのは
初めての呼吸から数えて何回目のこと
思い出す間にいくつの呼吸を重ねて

焦燥ばかりが募る道の途中で
駆け出す鼓動を組み敷いて
ひれ伏せさせることのできる静寂が
この空の下にあると信じている

それが失われた声であったとしても
(きみを私に返して)



目深にかぶったフードから覗いた
微笑みが焼き回し続けて擦り切れても
これは消耗品なのだと形を崩したまま

不器用に伝えようとすれば耳を傾けてくれる
その優しさにまた擦り切れてゆく
そんな弱さでは何も引き留められない
どうしようもない生き物だと思い知っていく

綻びた布地を繕う仕草を繰り返す
この手が糸が途切れる日のくることを
有限が無限の胎盤へ帰る瞬きの間に

円天井から降り注ぐ温もりを少しでも

少しでも多く
(私を空に返して)


自由詩 Babylon Copyright 高梁サトル 2010-03-03 01:34:07
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