傷んだ洗面から賛美歌は始まる
ホロウ・シカエルボク






瞬きの間に世界が反転したような疼き
ただ真っ白な洗面所にめり込むほど顔を落として
流れ落ちる水のうねりは熱意のない鎮魂歌のよう
午前6時の切断は排水溝に埋葬される
毛根に残された水滴からは吐瀉物の臭いがする
そんなものをため込んだ覚えはひとつもないのに
白み始めた朝の中でそれまでのすべてが水泡に帰してしまった
(水泡に、まさしく水泡の中に)
目覚まし鳥の消化不良なくちばしの中での呻き
気をつけろよユーザー、呑気に見えて
そいつらは結構人を選ぶぜ
渦巻きの中に俺自身が消えたから
行動という概念が心中とうまくシンクロしない
スティック仕様のパンをくわえて2、3度噛んでみたけれど
チャート上位の流行歌みたいな気分はひとつも染みちゃこなかった
そんなとき
インスタントのコーヒーの
おざなりな感じは結構救いになるものだ
雨が上がったよ、水滴にきらめく街はまるで
最適化された天国のようだよ
スタンプ・カードを満欄にしたやつから
一人残らず扉をくぐってあっちの水へ行っちまえ
腰までズボンを下げた天使がたるんだ調子で迎えてくれるさ
不満があったら掲示板へ書き込めばいい
同調や反論が我も我もと涌いてきてくれるぜ
窓を閉めて施錠したらタイピングの幻聴がゆっくりフェイド・アウトした
効果的に事を運ぶための巧妙なきっかけの連鎖
これまでに何度そんなもんに右往左往してきたのかね
コンビニエンスストアの不作法な照明
山ほどの無意味なショート・カットを連想させる駅の改札
マウス・ゼスチャーで終点まで行けるだろうか
乗り越し精算だけがきっともたつくんだろうな
旧型セドリックが交差点の真ん中で腹を出していた
口を開けなくなった鰐みたいに見えた
ねぇ、ストレンジャー
おまえの欲望はセンター・ラインの向こうまで飛んでいくことが出来たかな?
例えば頭と身体が分かれちゃったりしていても
それはそれで結構オンの字としたもんなのかもしれないな
俺ももしかの終焉の時には
ミサイルのように最高速度で終わってみてもいいかもな
公園の便器に残された落書き
「俺は最強、やりたいやつ誰でもこい」といった内容の文字と
080、から始まるナンバー
まったくみみっちい最強もあったもんだ
こいつが今でも元気にしてたらいいんだけどな
手洗いの蛇口は壊れていた
最強とかいうやつの仕業なのかもしれない、夜の夜中にスパナやベンチで…
ここ数日狂ったように吹いていた風は少しなりを潜めて
不思議なほどに通りは穏やかに見える
記憶しておこうよ、雨粒にきらめく手頃な天国


昼間になったらなにもかも渇いて死んでしまうぜ






自由詩 傷んだ洗面から賛美歌は始まる Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-03-02 16:55:04
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