ミシン
あ。

母が愛用していた足踏みミシンは
居間の隅っこを定位置にしていた
毎日使っていたわけではないが
学校で雑巾を持って来いなんて言われると
その夜はかたかたと音を立てていた


ミシンは
物心ついたときから定位置を変えず
物心ついたときから明らかに年代ものだった
母の母から譲り受けたというそれは
コマーシャルでよく見る電動ミシンとは違い
黒に近い茶色の身体をしていたし
動きはお世辞にも軽やかとは言えず不規則で
しょっちゅうどこかが故障していた


母は裁縫が得意だったし好きだったから
ミシンを使っていろいろなものを作った
習字教室に行くカバンはキルティングの花柄で
体操服を入れる袋は赤いチェック模様だった
最初は洋服屋で購入していたスカートも
あまりにもわたしがよく転んで破くため
手作りのものが混じるようになった


生まれて初めてミシンを使ったのは
高校生のときで家庭科の授業だった
小さい頃は高級品だと聞いていた電動ミシンが
もうすっかり主流になっていて
当然授業も電動ミシンで行われた
それまでミシンなど触ってこなかった報いで
居残ってまで作り上げた割烹着だったけど
素人目にも下手くそだったし点数も悪かった


長い間片隅に居座り続けた足踏みミシンは
幾度目かの故障の後に粗大ゴミとなった
しばらく後に家に来た電動ミシンは
真っ白い小さな身体で軽やかに針を上下させ
場所を取らないので押入れに片付けられ
最近ではあまり裁縫をしなくなった母が
ほんの時々気まぐれに取り出して動かしている


懐かしむ過去があって
胸を膨らませる未来があって
様々な糸が混じった現在がある
すり合わせて縫い合わせて
出来上がる一枚の人生は
いびつな縫い目で恥ずかしいけれど
いつかそれさえも過去になる







自由詩 ミシン Copyright あ。 2010-03-01 22:24:48
notebook Home