金蟲
アキヨシ

金銭感覚がよくわからなくなると人は欝になるそうな。
Kさんはコガネムシばかりを見つけては食べるようになってしまった
Kさんはとても苦々しくコガネムシを噛み砕くけれど
もともと苦々しい顔の人なのでコガネムシのためにそうなったのかは
わからない
どうしてコガネムシを食べているのかもわからない
Kさんは家を追い出されたようだ
これから寒くなるけれどKさんは大丈夫だろうか
コガネムシだって冬の前には消えてしまう
そうしたらKさんはなにを食べるのだろう
Kさん
いつの時からかKさんはこうなってしまったのだけれど
その理由はよくわからないのだ
大金を手に入れたり大損をしたり
そんな事を繰り返しているうちに
あるとき
Kさんの奥歯がポロリと取れてしまった
それが原因かどうかはわからない
ちょうどKさんの勤める会社が倒産したことのほうが
重要なのかもしれない
けれど
Kさんは日がな一日歩き回っては
公園の草葉の下をあさり
木の幹をはぎ
ときには老宅の箪笥まで開けては
コガネムシを追いかける
一度に二匹を狙った時などは
二匹が別々に飛んでいくので
Kさんはその場から動けずに地団太を踏んだ
その時に誤って踏んでしまった釘は
今でもKさんの足に刺さっていて
アスファルトを移動する時は
嫌な音がするのだ
コガネムシはもう子どもに人気があるわけでもないから
幸川さんはペットショップの店長で
コガネムシを求めるKさんに
うちにはおいていない事を説得するのに苦労した
何しろKさんは
子どもたちは日がな一日コガネムシを追っていると信じているので
幸川さんに対して猜疑心を抱く
昔の子どもたちがコガネムシを追っていたかは知らないが
すくなくとも私の時勢にはコガネムシは見たことすらなかった
店長はもしかしたらコガネムシを持っていたのかもしれないけど
Kさんがコガネムシを喰うことを知っていたから
出さなかっただけなのかもしれない
店を出て横断歩道を走り抜けるKさんに
幸川さんは今まで見たこともないような表情を向けていた
もともと昆虫の複眼を思わせる目をした人だったが
今はとてもカマキリに似ていた
Kさんの走り去る横断歩道の信号は赤だったから
たくさんのクラクションが鳴って
ちょっとした接触事故がおきた
ドッ
という音のあと
Kさんが空に舞っているのを見て
裂かれたおへその辺りから
幾万匹ものコガネムシが
我先にと数年ぶりの空へ飛んでいった


自由詩 金蟲 Copyright アキヨシ 2010-03-01 00:10:19
notebook Home