月面航海記(病の沼)
楽恵



僕は今、月のパルス・エピデミアルム、病の沼に来ている

病の沼なんて、とても不吉な感じの地名だけど。

ここは月ではずいぶん南の地方になる

僕の銀色の船はこの病の沼の北西部、

マルトと呼ばれるクレーターの近くに着陸している

マルトは二重の周壁に囲まれた、不思議な形のクレーターだ

船の窓から、マルトの縁の内壁をスケッチする。

それから船の外に出て、銀色に輝く船体の整備に勤しんだ。


宇宙服を叩いて、着いたレゴリスをはらう。

月の地表はレゴリス、細かい砂に覆われている。

この細かい砂は油断すると、宇宙服のすきまに入ってくる少しやっかいな砂だ。

かがみこんで、地表のレゴリスを握ってみる。

そして少しだけ指のあいだをひらく。

磁気を帯びやすいレゴリスは、

地球の砂みたいに指のあいだをサラサラと落ちていったりしない。

ただ僕の手にくっついて、離れないだけだ。



このマルトのすぐそこまで、深いラムズデン峡谷が迫っている。




自由詩 月面航海記(病の沼) Copyright 楽恵 2010-02-28 23:20:09
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