ヒ、リ
新宮栞

目次みたいな人生が詰まっていて、きつく、とても、それが何重にも重なって数えきれなくて、っていうのが何列にも並んでいて重い。
待ってはいるけど待たされてるわけではないし、たくさんやってきて、たぶん、いる。
なのにまだ待ってるのは、待つことが今できる一番積極的なことだから。
何かを待つんじゃなくて、ただ待っていたいと思う。そうすれば、ずっと待てる。


□□□

「そこに切り花があるでしょ。花瓶に入って、パスタいれるやつなんだけど、そこには違和感感じないでしょ。でも変だと思う。」
「うん」
「変だと思わない?」
「うん」
「でしょ、すごく、それだけこの部屋で生きてるみたいなのが息苦しいんだと思う」

ちょっとはっきりしすぎてるんだと思う。
見えてるのなに?
雌しべ?雄しべ?
見せてんの?

「うん」

くだらない。


■■■


あたしとアイツがとりあえず空き部屋に適当に陣取って暮らし始めたのはもう半年も前で、知り合って二年くらいにはなるけどアイツはあたしの顔をまだちゃんと見た事がなくて、でもあたしはアイツの顔は毎日数時間は眺めているからなんかズルい。
「世界なんてないってキミが言うから、キミをちゃんと見れないんだ」ってアイツは言ったからズルい。
そんなこと理由にならないのにっていう意味でズルいのと、私のせいにしてしまってるって意味でズルいのと、アイツの行動に辻褄があってしまうのがズルい。
私は人並みにいい外見にしてるのに、アイツはわざと目の解像度を落としてちゃんと見れないようにしてるし、なのに一緒に他のボードに潜り込んだときはちゃんと見てたし、でも一緒に部屋にいるときは解像度おとしちゃって、なおかつ目をあわせないようにしてて、そういうところが周到で、だから私はアイツが好きになってしまって、それも少しズルいと思う。


「どうしたの?」
「……卑怯さについて考えてた」
「うん」
「うんじゃなくて」
「うん」
「これ見て」
「やだ、必要ない」
「別れる?」
「やだ、必要ない」

というような会話しかしてないし、そういう仲ではないし、というかそれだけの仲なんだけれど、こういう会話みたいな、でもあたしはちょっとでも険悪になるのがイヤだから、イヤな空気が流れたりするといつもあたしから謝ってしまう。それでまた空気が悪くなったりもする。ホントはちゃんと会ってみたい。無理な事ばかり望んでる気がする。
私は本当は12歳で、本当は女だから、そんなホントはちゃんと会ってみたいなんて無理だからそんなことは思っては、ホントはいないんだ。

「ごめん、うそだから」
「何が?」
「全体的に、なんか」
「うん」
「気にしないで」
「うん、ごめんね」
「……」

「ちゃんと見れなくて」
「いや、それは別に関係なくて」
「卑怯でしょ」
「そうは思わないよ」
「私は、私卑怯だと思う」
「そうじゃないよ」
「私、卑怯だと思って、知っててやってるんだ」
「わかってる」
「うん、わかってもらっててありがとうってすごいいいたくて、でも私は変えたくて、でも怖いのわかる?」
「だいじょうぶだよ」
「怖いことがあって、それがどうしようもないのは、なんとなく、そういうことがあるっていうのはわかる?」「うん、わかるよ」
  (ここらへんになると、もう、外装にはノイズが沢山のってるから
   今日はもうオシマイだなっていうのはわかってる)

「怖くてどうしようもなくて、どうにかしなくちゃならなくって、どうにかしているあいだはだいじょうぶではあるけど、ちょっとしかきっかけでどうにもならなくなって、っていう現実があって、そういう現実があるんだっていうのは、そういう現実をもってる人じゃないとわからなんじゃないかって思ってるんだよ私は、そういうのはわかる?」

って言い残してアイツは今日は接続切ったけど、明日はあたしたちはまたお互い此処に来て、どうでもいいような会話をして、どうでもいいような雑誌を眺めて戦争が始まるのを待ってるだけだ。



■■■


剥き出しの想像力の前で声を出しても、誰かの声にしか聞こえない。
わたしにとってわたしが意味を持たなくなる瞬間は、断続的に、
でも確実にあって、
その時は決まって、
わたしが生まれてから今までの記憶と、今から死ぬまでの未来
の想像を俯瞰する
わたしが見ていない、誰かが見た風景が、はっきりと見える。
わたしが聞いていない、誰かが聞いた音が、はっきりと聞こえる。
知らない誰かが愛し合う前の高揚や
愛し合った後のベッドの感触が、皮膚の内側で感じられ、てしまう。
(全然ヨクない)
探してもどこにもいないわたしが、どこかでわたしを見ている。
風景と人物の境目がない。
埋もれる。
すっげー埋もれる。


 六十億人

 一億二千万人

 一千万人

わたしが、わたしにとって脇役であるような人生
は、オソロシイでしょ
わたしは、わたしがわたしにとって脇役であるような人生
は、オソロシイよねえ

オソロシイよねー        やる

オソロシイくない?       やった

オソロシイよねー        やれる?

                              やれた
 
                              やりまくる
 
                              やりまくった

                              やりまくってやる

                              やりまくってやった           

                              やりまくってやってやった

                
ホント、オソロシイよねー



□□□

「中学校卒業して高校に入る前に、街歩いてたら声かけられて、渋谷だったんだけど、ちょっと見ててって、それでお金あがるからほんの30分くらいだから、見ててって、見ててってオナニーのことだったんですけど、友だち一緒にいて、その子はもうそういうことやってる子だったから「大丈夫だから、いきなよ、大丈夫だよこういう人、ホント見てるだけで大丈夫だから」って、なんかグル?とか思ったんですけど一瞬、で、ついてって、そしたらまぁ、1万円もらえて、大金だったんですよ、大金なんですよ中学生とか高校生とか、1万円ってすごいから、それから、やるようになって、けっこうずっと
三年間やってて、出会い系とか使っ    1
て、300人くらいだったと思うけど   
、一回5万で、全部、ばれなかった     10
わけじゃないけど大事にはなったこ
となくて、でも大学入ってやめて、      50
出会い系って年齢制限あるんですけ
どたぶん、でも書き込みして高校生    100
ですーって、そしたらすごいひっか
かるんですけど、大抵おじさんで大     150
学入ったときになんか、疲れちゃっ
て、よくわからなくなって、なんの       200
ためにやってるか。なんのありがた
みも今かんじれないから。セックス     250
も。お金も。」

                                                300


人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人

止めた。
センゴヒャクマンエンってなんだっけ。


■■■


何を待ってるのか知らないです。

ウソ。ホントは知って
はいて、やってきてるのに気付かない
ことに罪悪感のような、感じてしまう。
生きていることが信じれなくなってしまう
ようなこと
がやってきてるのに気づかない
ことに罪悪感のような、感じてしまう。
ウソ。ホントは知って
はいて、やってきてるのに気付かない
ことに罪悪感のような、感じてしまう。
生きていることが信じれなくなってしまう
ようなこと
がやってきてるのに気づかない
ことに罪悪感のような、感じてしまう。
それには気づいている。
ウソ。ホントは知って
はいて、やってきてるのに気付かない
ことに罪悪感のような、感じてしまう。
生きていることが信じれなくなってしまう
ようなこと
がやってきてるのに気づかない
ことに罪悪感のような、感じてしまう。
それには気づいている?


□□□

「想像したことない?恋人が、自分以外の誰かと寝てるところ。あるでしょ。自分が恋人以外の誰かと寝てるところも、あるでしょ。それを見たり、見られたりしているところもあるでしょ。どうやって殴ろうか想像するでしょ。どうやって言い訳しようか想像するでしょ。想像してるのよ、実際、恋人も。変態じゃないわ。普通よ。
想像したのなら、それはあり得ることよ。でも、そうなったのなら、それが一番幸せだったのよ、選択した人にとっては。
選択した人にとっては。それは、悪意じゃないわ。
だから現実は残酷なのよ。言い訳しなかったでしょ、恋人は。」

「想像したことない?五年後か十年後か、もっと先でもいいけど、未来の自分が幸せになってて、どうしようもなく温かく笑ってるところ。どこかで見た事のある絵みたいな、ステレオタイプな雰囲気の何不自由ない暮らしを、暮らし続けてるところ。細かいディテールが、すべて既存の想像力でなりたってる未来。十年前の最先端の暮らしを、十年後にしてるなんて、有り得ないことだと思ってても、自分の幸せのイメージはその有り得なさを根拠にしちゃってるっていう、事実、想像したことない?」


■■■

戦争の始まりを想像するとアイツとあたしはなんか興奮して、すごくいい雰囲気になったりしたから今日はやっちゃうのかもと思ったけど、そんなことできない。ソファを窓の真ん前に動かして、二人で横に並んで座って手を繋いで、ただ見てた。

「温度ってどう思う?」
「どうっていうのは、感覚として必要かってこと?」
「感覚っていうか、生きるのに必要かっていうことなんだけど」
「生きるのには、必要だったんだろうね」
「だったんだよね」

戦争が始まった。大抵は個人のスコアで競う小規模のゲームが多いけど、この規模になるとチームワークも大切になってくるし、大量破壊兵器も使われるから、いろんな意味で統率者が必要になっていて、統率者になればすごい権力とお金が入るから、みんなはそれ目指してがんばったりするけど、あたしたちは戦争に参加してはいないから、銃で打たれようと炎で焼かれようと、どんな毒ガスがこようと放射能がこようと関係なくて、ただ明滅する炎と血を見てるだけ。
満たされてる。

「音、オフった?」
「うん」
「あのさ。人が光を使い始めたのは闇が怖かったから、っていうのがあるでしょ」
「よくわかんないけど、うん、あるんだろうね」
「それってさ、逆のことも言えるような気がするんだけど、どうなんだろう」
「逆って、光が怖いっていうこと?」
「じゃなくて、光を使い始めたから」
「から?」
「順序的に光を使い始めて、ってのが先で、だから闇が怖くなったっていうこともあり得るだろうなって」
「それって証明、きっとできない」
「子どものころ、寝てて目が覚めて真っ暗で、そういうときいろんな想像しちゃって、怖いの、で怖くなったりしなかった?なんか、人の想像力のが恐ろしいとかそういう話になると陳腐なんだけど、でも闇しか知らないならそういうことも起こらないんじゃないかって」
「闇しか知らないってのはないでしょ」
「うん、そうだけど」
「……」
「……」
「昔さ、肝試ししたことあって、すごい山奥だったんだ、それが、やった場所が、で、ここらへんは熊がでるから注意してって話をきいてて、そうすると想像するのは熊のことばかりで、こわくない、ってことはあった。何か起こったとしても知ってる範囲内でしか起こらないっていうか」
「熊見た事あるの」
「いや、動物園とかでしかないけど」
「光のほうが恐ろしいってこともあると思う」
「熊が出る、って思ってたら、おばけが出るって想像をしなくなった、ってことなんだけど」
「あのさ、明るいところで寝れる?」
「電気つけたまま、ってこと?」
「そう」
「まぁ、寝れるけど、あまり関係ないと思う」
「暗いとさ、変な想像することもあるけど、それも自分まかせにできるでしょ」
「何も見えなくなるから、ってこと?」
「そう、だけど、いろいろ聞こえるようになったりもするか」
「そうだね」
「じゃダメか」
「暗いなかで変な想像しなければ、そのほうがよく寝れる、ってのを言うつもりだった?」
「寝れるというか、明るいところよりも安心できる、っていう」
「暗い方が?」
「可能性としてね。あたしは、違うけど」
「……」
「……」
「……」
「生きるのに必要だと思う」
「……」
「思わない?」
「……思うよ。理由があると思う。人の手が、冷たくなったり温かくなったりするのは」
「うん」


これは二人の会話。もしくは一人の会話。
もしくは、
三人の意見交換。みんなの独り言。

あたしは欲望の話をしている。

戦争は一度始まったら終わるまで丸一日はかかるし、長いときで一ヶ月くらいになることもある。いままで一番長いのは一年十ヶ月で、いまもまだ記録更新中だけど、参加者はどんどん減ってるらしい。
銃声も叫び声もアイツの声も何も聞こえない。
あたしたちはひさしぶりにオンラインのまま、いろんな炎や光のまっただ中で一緒に寝むろう。


■■■


それがこの本をわたしはスキと言う。
それがこの服をわたしはスキと言う。
それがこの時計をわたしはスキと言う。
それがこの色をわたしはスキと言う。
それがこの音楽をわたしはスキと言う。
それがこの椅子をわたしはスキと言う。
それがこの映画をわたしはスキと言う。
それがこの食器をわたしはスキと言う。
それがこの絵をわたしはスキと言う。
それがこの車をわたしはスキと言う。
それがこの髪をわたしはスキと言う
それがこの職業をわたしはスキと言う。
それがこの体型をわたしはスキと言う。
それがこの匂いをわたしはスキと言う。
それがこの家をわたしはスキと言う。
それがこの角度をわたしはスキと言う。
それがこの味をわたしはスキと言う。
それがこの数字をわたしはスキと言う。
それがこの国をわたしはスキと言う。
それがこの夢をわたしはスキと言う。
それがこの性別をわたしはスキと言う。
それがこの時間をわたしはスキと言う。
それがこの足をわたしはスキと言う。
それがこの恋をわたしはスキと言う。
それがこの胸をわたしはスキと言う。
それがこの距離をわたしはスキと言う。
それがこの街をわたしはスキと言う。
それがこの老後をわたしはスキと言う。
それがこの大きさをわたしはスキと言う。
それがこのセックスをわたしはスキと言う。
それがこの災害をわたしはスキと言う。
それがこの子どもをわたしはスキと言う。
それがこの犯罪をわたしはスキと言う。
それがこの思い出をわたしはスキと言う。
それがこの戦争をわたしはスキと言う。
それがこの惑星をわたしはスキと言う。
それがこの未来をわたしはスキと言う。
それがこの自由をわたしはスキと言う。
それがこの死に方をわたしはスキと言う。
それがこの墓をわたしはスキと言う。
それがこの花をわたしはスキと言う。
それがこの遺書をわたしはスキと言う。
それがこの死後をわたしはスキと言う。
それがこの世界をわたしはスキと言う。
それがこの幸せをわたしはスキと言う。
それがこの人をわたしはスキと言う。
それがこの人生をわたしはスキと言う。
それがこの過去をわたしはスキと言うことだけがない。


自由詩 ヒ、リ Copyright 新宮栞 2010-02-26 04:15:04
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