1
名前を忘れてしまった
町を
通り過ぎて2日
私は水を汲んだ
水の中に
幾億の雨粒
2
唇が
だんだんと開いて言葉を発見する
発芽されたばかりの種のように
痛みに震え
戸惑いがちの唇
あなたのそれが
洪水のようにあふれる言葉を獲得するまで
あとすこしだろう
3
たとえ話ばかりされると
疲れると女が言って
私はその返答に困った
私はたとえ話をした覚えがないし
ただ単に主語を抜いて話していただけに過ぎないのだ
コップに半分ほど満たされていた
ソーダの泡が
ささやきを繰り返し
女がそれを口に運んだ
私は夜の静けさを激しく渇望し
そして私たちは会わなくなった
4
この種類の病気が
完治するまでは
およそ数年がかかるでしょう
そのことはよく
心に留めておいてください
と
黒板に書かれていたのは
高校1年生の夏だ
私たちはみんな病気持ちだった
青春という名前の病気
夏は大気中に満ちていて
私たちは押しつぶされそうなほど汗をかいていた
5
ど、れ、み、ふぁ、そ、ら、し、ど
と
子供の口が開く
音を発生させる
私は
音楽教室の付き添いをしていた
たどたどしい指で
女の子が
ピアノに触れると
ピアノが悲鳴を上げる
私はめまいがした
私が小さいころに大好きだったピアニストは
アルフレッド・コルトーで
それが今は
だいっ嫌いなのだ
あのミスタッチに
我慢がならない
私が今好きなのは
強靭でしなやかなアルトゥール・ルービンシュタインで、
それ自体はどうでもいいことだが
、
そう
何にめまいがしたかっていうと
コルトーから
ルービンシュタインへ
好みが変化するまで
20年が必要だったってことなんだ
6
あなた方が私を引き摺り下ろす
こんな哀れな物体に
いったい何が隠されているのか
万華鏡のような性
息を吹きかけるとすぐに癒える傷痕
私には
告辞されるべき
ものも隠すべき嘘もなにも
ない
のに
7
骸骨たち
骸骨たち
かわいそうな
跡形だけの獣が
集まって
ウォッカとウィスキーで
乾杯している
あぁ
よせよせ
そんなにかなしいしぐさ
かなしいそぶりは
君達じゃなく、
私の瞳が涙を流すぞ
私、
私の足は打ち震え戸惑っては
足踏みをして
そんな音は彼らには聴こえることもないんだ
だから
そっと部屋を出た
さようなら