毒見役としての僕の為に
高梁サトル


ごらんよ、僕たちの家が燃えている
帰る場所を失くした孤児は、何処へ向かうのだろうね



顔をあげて 僕の最後の一滴まで飲み干して
ゆるやかに 死に絶えてゆく世界で
胎児の産まれる 慶びを語り合おう
一欠けらのパンをわけあって 家族の夢を見よう

夜は互いの 痙攣する心臓に耳を澄ませて
引き裂かれた朝を 出来る限り優しく迎える準備をする
落とした鎧戸が 僕たちの静寂を護ってくれるから
まどろみの草原を駆けながら 灰色の風に笑おう



架空の名を持つ 美しい仮面が並ぶ部屋で
僕たちだけの 至高の約束を考えよう
あらゆる愛を綴った 書物を破り捨てて

「重荷を背負い 迫害を受けても おまえを愛しぬくと誓う」

嗚呼 無知なるペンは なんとよく滑ることか
英雄と謳われたあの男も こうして異国の女王に
恋文を書いたのだろう およそ自分の欲望の為に
それもまた 今夜はいい



偉大なる死に辿り着く 道のりは険しい
それまでは押し黙って 俯き 黙々と荒野を歩むのだ
太陽も海も大地も何も 僕たちの闘争を妨げはしない
枯渇した人知の泉で 動植物の嘲笑が聞こえるよ
生命とは贄のように在るべきだとね

数千億年の座興に終わる 僕たちの魂が救われますように
残欠された 易しい空想が泣いている



いくら何を話しても満足出来ないのは、
誰もあの人ではないからと知っているよ
ならばそうだ、
毎晩少しずつ毒を飲んで慣らしてゆけばいい
そうすれば少しずつ、
耐え難い苦しみも緩和されてゆくだろうからね

この小さな杯を飲み干して
さあ、よくおやすみ、今日の僕


自由詩 毒見役としての僕の為に Copyright 高梁サトル 2010-02-13 01:42:21
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