たしかペールトーンだった
すぎもとようこ

つやつやに濡れた黒目にくっきりとわたしの顔が映っていて、わたしは映っているわたしをじっと見る。黒目が黒目だということを忘れて、視線は感じなかった、お前の視線と私の視線が一本の筋のように交差していて金色だった。わたしからは日の長さも、この夏休みの予定も、自分の名前もぼろぼろに剥がれ落ちて、視線の先で固まっている眼球としか言えないものにわたしの気持ちは吸い込まれてしまった。焦点があって、虫眼鏡が日の光を一点集め焦がし燃やすようにわたしでその人の目が焼けてしまいそうで。

黒目の人の唇が上下に動き始めてわたしはただ動いている唇を見て、人は人の伝えたいことを言葉を使って伝えようとして、でも今のわたしには、言葉は、目の前にある唇が動くための素材でしかなく、そのままじっと見詰めていたら、ミナイデヨと音がして、ミナイデヨの意味は見ないでよなのだと分かり視線を黒目に移したら、わたしの両肩は手をかけられ唇や目から真っ直ぐに引き離されて、生まれて初めて見るようなその人の顔全体は真面目な人が珍しく怒っている顔をしていて、そのまま顔全体が近付いてきたので、さっきまで見ていた唇がすっかり見えなくなったかわりに肌の匂いを嗅ぐ。そうだね舌は筋肉のかたまりで唾にもきちんと味があるんだね。瞼を閉じる。口回りがゆるむ。いいよ、久しぶりの愛だ。


自由詩 たしかペールトーンだった Copyright すぎもとようこ 2010-02-05 23:28:20
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