とある列車事故から彼女は生まれた。
これは突拍子もないことに感じられるが、その他の誕生となんら違いのあるものではなかったのだ。
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とある小さな町で、列車の脱線事故が起きた。
運転士のスピードオーバーやら、整備士のチェックミスが原因だと疑われた。
夏の暑い時期だったので熱で膨張した線路が歪んだのではとも考えられたが、
結局、直接的な原因は誰にもわからなかった。
例によった列車事故であれば、人々はもっと躍起になって原因を知りたがっただろう。
しかし人々の目は、また別の事件に奪われてしまった。
森に入る少し手前のカーブのあたりで無惨にも横転した列車のほんの数メートル先で、生後間もない乳児は天使のような声をあげていた。
第一発見者は列車事故の救助に駆けつけた新米の消防隊員だった。
彼は列車の一両目付近を捜索中に赤ん坊の声を耳にした。
はじめは列車の中から聞こえているものだと思っていたので、外の線路の上で彼女を目にした時は、その不思議な光景に救助も忘れ立ち尽くしてしまった。
"おお、神よ"
その言葉は凄惨な状況に向けられたものではなく、線路上の小さな奇跡を讃えるためのものだった。
"彼女の命は五十七人の尊い命と引き換えに授けられた。"
そう言ったのは厳粛で信心深い教会の牧師だった。
"列車事故から生まれた
星の子"
の見出しが地元の新聞の一面を飾った。生後間もない胎児を線路の上に置き去りにしたであろう、血も涙もない実の親については特に触れられること無く、彼女は神が授けた子として崇められた。
彼女は町の孤児院で引き取られることになり、他の子らと同じようにすくすくと育った。
彼女はいたって普通の女の子だった。
他の女の子と同じように恥じらいを覚え、声をかけられるだけで頬が燃えるように染まる恋もした。
何より、母親と父親を欲しがった。
ただ人と違うことと言えば、額に少し変わった星のかたちの痣があった。
これが
星の子と呼ばれるもう一つの理由だった。
人々はその痣を大袈裟にありがたがったが、十四歳になった年頃の女の子にとってはコンプレックス以外のなにものでもなかった。
彼女は際立って美しい訳ではなかったが、白に近い銀髪と深いブルーの瞳、それに額の痣が手伝って、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。
彼女は何処へ行っても特別扱いされた。
彼女を困らせる事をするような人は誰ひとりいなかった。
(一度だけ学校の悪戯っこが、彼女を驚かそうと登校中に捕まえた蛙を三匹、彼女の鞄に潜ませた事がある。彼はその晩、父親に頬が真っ赤になるほどひっぱたかれた。)
彼女の意見に反対するものはなく、彼女の周りではいつも物事がスムーズに進んだ。
彼女はこの自分を取り巻く空気があまり好きではなかった。
人々に親切にされることは悪い気がしなかったが、大人達の何かを期待するような視線には時々耐えがたくなった。クラスメイトも皆優しく接したが、どこかよそよそしかった。