悪意の夜
まどろむ海月




  ? 春色チョコレート


ファッションを何度も変えて
すれ違ったのは
君の待ち伏せ

タイトだったミニスカートが
今日は薄いフレアーですか
降参してホテルの予約は
銀河の上に



シャトー・ディケムを傾けながら
いたずらっぽい目が
ひらひらと色っぽいね
はじめまして そうですか
美大生ですか


 耳と首筋からほどいていく
 わくわくする包装紙
 エナメルの水色に金のリボン
 ピンク色に白と銀のリボン
 御自慢の足は白磁かと思ったけど
 実はチョコレート
 指に甘く 舌にとろける
 全身 春色チョコレート


 このスイーツの迷宮は
 ずいぶん扉が多いんだね
 唇で開けては驚かされてばかり




セント・バレンタイン
クリーミーな夜は長いから
何度も深くゆっくりと
コーヒー色の闇の上
テイスティなラテアートを
描いていこうね









  ? BLACK


   我ら 彼処より来たりて
   行き去りぬる 彼の果て
    黒


  君の瞳の奥
  宇宙の闇


出逢ったとき
ショートカットの髪も
細い首に似合う
セーターも コートも
綺麗な切れ長の目の アイラインも
ネールも ピアスも
唇さえも
 黒


暗い部屋
私の上で躍る
シルエット


細やかな
白い肌の
やさしい
翳り


罠を仕掛けたのは君
一度きりの約束
初めてだと知られて
隠した悔し涙まで
 黒


硝子のような爪が
くいこんで
その痛み
 くろ


 偶然に再会した街角
 男をアクセサリーのように引き連れて
 さらに短くなった髪に
 三倍に増えたピアス
 まるで気づきもしないように
 行き過ぎたね
 光るラメ
  黒


  もう何処で再会しても
  決して認めることはないのだろう
  僕は存在しない過去


  いつかどこかの街
  主婦として ただ風景のように 
  通り過ぎる気だね   




  あの華の棘
  ポイズン
  消えない痛みと苦さ
  哀しく冷たい天使の微笑  
   黒
  


  年老いた果て
  やがて私は帰っていく
  その闇の色に
  その微笑を思い出さずには
  いられないのを
  君は知っているから











                 



  ? 悪意の夜


王様の与える勲章
のおかげで この国は安泰
林立するビル



白い部屋が眩くて 君はシルエット
シーツは けがれのない海

カクテルは バイオレット・レイク
ゆっくり ゆっくり 倒れて



肌の陰影をたどる指先
白い鍵盤のソナタ
猥褻な黒鍵
八感の歓喜に 捩れていく


 知ってたかい 絶妙の香水には
 死臭が配合されている


最上階の部屋の窓は大きくて 月が近いね
あの満月は 砂漠を照らしてる
難民たちのテントを



 テレビを見てごらん
 数え切れないね
 法王のために流された涙の数と
 飢え死にした子供達にたかる蝿の数



 死臭は砂漠の彼方から
 ビルの谷間から



 「涙は阿呆が流すもの
  信じられるのは この痛みだけ」
 「でも 幸せを知っているから
  痛みもあるのでしょ」
 (おお 今夜は賢い君に 百回キスするぞ!)



今宵の悪意は
黒い翼となって
星空を漂うが
射落とす天使は
行方不明



さあ もう一度
豊饒の海へ
漕ぎだそう










  疲れたかい
  明け方の外気は
  冷たいんだよ
  もっと身を寄せて
   貧しい子どもたちをまねて
   震えながら 神の許しを乞おうか












           『悪意の夜』05年4月初出(前ローマ法王逝去の直後に書かれた)




自由詩 悪意の夜 Copyright まどろむ海月 2010-02-04 15:04:00
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