21時の消灯時間前のこと
板谷みきょう

お前
なんで正月に来てくれなかったんだ
ワシは年越しを
家で過ごしたかったのに
医者が
外出も外泊もダメだ。っちゅうての

お婆ちゃんは
此処に居た方が安心でしょう。って
誰が
婆ちゃんだ

ワシは、鰊漬けが食べたいなぁ。
此処じゃ
しょっぱいモノは
体に悪いからちゅうて
出してくれないのさ

軒先のスケソは
ちゃんとシバレテルか
時々つららは、落としとけ

  今どき軒先に、氷柱の下がっている家も
  助惣鱈なんか干してる家も
  無いんだよ

携帯電話は便利なんだべなぁ。
此処じゃ使えないもんなぁ。

消灯時間の21時前の
丁度、20時半頃
詰所の横に
あるらしい公衆電話から掛かってきた
電話の向こうで
十円玉の落ちる音まで
聞こえてくる

  年の始めに面会に行ったけど
  寝てたんだよ
  だから
  母さんの好きな塩辛を
  看護婦さんに預けたんだけど
  そうしたら
  塩分の関係で
  食べられないから
  お持ち帰り下さい。って言われた

  寝ている間だったから
  黙って
  帰って来たんだけれど

最後までそのことを言えなかった


自由詩 21時の消灯時間前のこと Copyright 板谷みきょう 2010-02-02 22:48:46
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