いろいろなことを忘れて時間が過ぎる
ホロウ・シカエルボク



いろいろなことを忘れて時間が過ぎる
そうだ、あの時、あの時側にいたのは
ひそかに恋焦がれていたあの人だっただろうか
綿菓子の機械に見惚れていた縁日ではぐれて
それきり会えなくなったあの人だっただろうか
手のひらのぬくもりは何度となく思い出せるのに
それが誰だったのかは決して思い出せない
「母のない子のように」という歌を聞きながら
一緒に縁側に腰かけていたあの人は誰だったのか
とてもそっとした印象で
棺の中に横たわっていたあの人はいったい
いろいろなことを忘れて時間が過ぎる
それは慕うような気持ちでもあったし
奪うような思いでもあった気がする
服従のようでもあり
征服のようでもあった
はじめからそんなものはいなかったのだというように
幾枚か抜け落ちた落丁本のように
不完全なまま完全に仕上がった絵巻
縁日の向こうで空が破裂していた夏
焼きそばのソースと林檎飴の匂いが大好きで
それが自分の手になくともよかった
さい銭箱に15円を投げ込んでお参りをした
あの時の願い事は何だったか
蝉が死ぬようにさっぱりと忘れたまま
いつか熱を出したときに作ってくれた粥
体内を洗ってくれそうな優しい香りのする草
ひとくちの大きさに切られた林檎

降り積もった新しい雪を踏みながら
ポップスをくちずさんでいた口元
小さなビーズみたいな足元の感触
ああ、あの人にもう一度会いたい
ああ、あの人にもう一度会いたい
もう一度縁日と
やわらかな雪の上を
暖かい手のひらを感じながら



もういちど
記憶を
塗りなおすように



自由詩 いろいろなことを忘れて時間が過ぎる Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-02-01 23:01:03
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