いろいろなことを忘れて時間が過ぎる
ホロウ・シカエルボク
いろいろなことを忘れて時間が過ぎる
そうだ、あの時、あの時側にいたのは
ひそかに恋焦がれていたあの人だっただろうか
綿菓子の機械に見惚れていた縁日ではぐれて
それきり会えなくなったあの人だっただろうか
手のひらのぬくもりは何度となく思い出せるのに
それが誰だったのかは決して思い出せない
「母のない子のように」という歌を聞きながら
一緒に縁側に腰かけていたあの人は誰だったのか
とてもそっとした印象で
棺の中に横たわっていたあの人はいったい
いろいろなことを忘れて時間が過ぎる
それは慕うような気持ちでもあったし
奪うような思いでもあった気がする
服従のようでもあり
征服のようでもあった
はじめからそんなものはいなかったのだというように
幾枚か抜け落ちた落丁本のように
不完全なまま完全に仕上がった絵巻
縁日の向こうで空が破裂していた夏
焼きそばのソースと林檎飴の匂いが大好きで
それが自分の手になくともよかった
さい銭箱に15円を投げ込んでお参りをした
あの時の願い事は何だったか
蝉が死ぬようにさっぱりと忘れたまま
いつか熱を出したときに作ってくれた粥
体内を洗ってくれそうな優しい香りのする草
ひとくちの大きさに切られた林檎
梨
降り積もった新しい雪を踏みながら
ポップスをくちずさんでいた口元
小さなビーズみたいな足元の感触
ああ、あの人にもう一度会いたい
ああ、あの人にもう一度会いたい
もう一度縁日と
やわらかな雪の上を
暖かい手のひらを感じながら
もういちど
記憶を
塗りなおすように