スライム
なき

 左手が塞がっていたので手袋を噛んで引っ張ると一緒に伸びすぎた中指の爪も引っ張った。手を抜くときに歯の合わさる、ガチン、という音が頭蓋骨の内側に響く。
携帯電話を右手でいじりながら電車を乗り継いだ。走り出した窓の外は影が独立するくらい真っ暗だ。たくさんの色の光だけが浮き上がっている。

誰かに褒められたことを思い出すのは気持ち良くて恥ずかしい。

気持ちばかり波立って、緑の欲望が塊になって私の中に現れる。

さっきまで浮き上がる光を飲み込むようにぷるんと揺れていたのに。
たくさんの赤い唇を付けて、真っ黒い口腔を見せていたのに。

私の一部としてもう口を開けている。
私が一部としてもう口を開けている?

あっという間に飲み込まれて私も緑色。
スライムみたいに透明にぼやけて光る緑色。

電車の中は少し煙草くさい。そう思ってるのは私だけかしらと思っている私の隣で赤いパーカーの大女が赤い唇をぎゅっと結んだまま、まばたきもせずに窓の外を見つめている。

私はそれをじっと見ている。


散文(批評随筆小説等) スライム Copyright なき 2010-01-25 23:08:11
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