『あなたへ、』最期の手紙
くろきた

『あなたへ』最期の手紙

『ごめんね。
お母さん、あなたに何一つ
母親らしい事、したことなかったね。

いつも独りでご飯を食べさせてたね。
参観日なんて、行った事なかった。
そのうち、「母さん、見に来て」
なんて、言ってくれなくなったり。

その気になれば、仕事の時間を割いて
あなたのところに走っていけたのにね。

あなたを産んだ時、絶対
あなたに愛情をいっぱい、いっぱいかけるんだって
大切に、大切に育てるんだって
あんなに色々計画とか、たててのにな。

そう、毎日ごはんを一緒に食べて
「今日はなにがあったよー」なんて話しながら一緒に笑って。
休みの日には一緒に買い物に行って、あてもなくぶらぶらしてみたり。
海を見ながら、散歩してみるのもいいな。

あーあ、こんなにたくさん、したい事あったのに。
なんで出来なかったんだろう。

・・・・ほんと、どうしてしなかったんだろう。
って、今になって悔やんでも遅いよね。
きっと、あなたの強さに甘えてたお母さんのせいだね。

そのうちあなたも立派な社会人になって、
ある日突然、『結婚するから』なんて言って
家から出てっちゃって、
気が付けば、お母さん独りになってた。

独りって、こんなに寂しいんだね。
わたしはあなたに、小さい頃こんな思いをさせてたんだね。

本当に、お母さんは悔やんでばっかりです。

そんな事考えてたら、お母さんもあっという間に立派なおばあちゃんになってた。
体思うように動かなくなっちゃって、病院のベットでずっと退屈だなってすごして。
あーもう、早くあなたと色々思い出作っておけばよかった。
でもこんな身体じゃ無理か・・・って
言い訳しっぱなしだな、私。

本当に、こんなお母さんでごめんね。
ごめん。本当に、

ごめんね。

もしよかったら、また、あなたのお母さんになりたい。
・・・・なんてね。』

母親が、いや、母さんがもう危ないと
医者から電話を受けて病院に駆けつけると
病室の前で待っていた看護士にこの手紙を渡された。
自分がもう長くないことを悟ったのだろうか、
「もしものことがあったら、これを息子に渡して」と、
涙ながらに看護士に頼んだらしい。

どうやら、もう動かない手をむりやり動かしてかいたらしく、
手紙を開いてみると、大変汚い字だった。
だけど、やっぱり母さんの字だった。
所々、涙の跡もあった。

読み進めていくと、何度も何度も「ごめんね」
と書かれていた。
自分は駄目な母親だと、俺にずっと迷惑をかけていたと、
そういう内容だった。

ばかだよ、母さん。
本当に、ばかだよ。
なんでこんなに自分を責めるんだよ。
母さん。

たしかに、独りで食べた夕食は冷たくて
独りで過ごした休日はあまり楽しくなかったよ。
だけど、俺は知ってたんだよ。
母さんが、俺を一人で養うために汗水流して
必死こいて働いてた事を。
自分は何一つ贅沢をしなかった事も、
風邪を引いて熱が出ても、無理やり仕事に行ったことも、
全部全部、わかってたんだよ。
自分を責めるなよ、こんなに。

思わず手紙を持つ手に力が入り、
手紙がぐしゃぐしゃになっていた。
熱いものが、頬をつたって手紙の上に落ちた。

医者が出てきた。
俺は医者に頷ずき、部屋にはいった。

病室は相変わらず質素だった。
贅沢なものは一切なく、
ただ花瓶に、花が生けられているだけだった。

ベッドの傍らに立った。
白い顔をして、眠っている母親がいた。
ずいぶん、小さくなったんだな。
そう呟くと、せきを切ったように
どっと涙が溢れてきた。

手を握る。
冷たい手に、自分の体温を流し込むかのように
強く、強く。
そして、語りかけた。

『ありがとう、母さん。
 大好きだ。』

その瞬間、ピーという冷たい電子音が部屋に鳴り響き、
母さんの最期を告げた。
俺はそっと彼女の頬を撫でた。
彼女のその頬には、深々としわが刻まれていたが
かすかに微笑みが浮んでいて、とても安らかだった。
俺も、また母さんの息子がいいよ。
そう心で思いながら病室のカーテンを開けた。

朝日が、窓から差し込んできた。



自由詩 『あなたへ、』最期の手紙 Copyright くろきた 2010-01-25 20:38:13
notebook Home