八月の闇
吉岡ペペロ
愛人は二十六だった
家族と暮らす女の子だった
お茶したあとホテルでセックス
それから愛人宅で珈琲、ではなくカレーうどんを食べた
アボジは明日の登山で前泊
妹はいつも帰りが遅いという
誰もいないはずの三階から
愛人のオモニがおりてきた
ぼくはおどろき慌てた
リビングでセックスし終えたばかりだったからだ
愛人もおどろいていた
オモニは離婚して家を出ていたからだ
お母さん、どっから入ってきたん、カギもう持ってへんやろ、
よじ登ってん、
あぶないやん、三階なんて、転落死すんで、
二階からは、入られへんかったからな、
ぼくとオモニは珈琲や柿ピーをつまみながら
さいきん読んで面白かった小説の話などをした
愛人が娘らしいしぐさで楽しそうに聞いていた
ベランダからゆるい風が吹いてくるたび
白いカーテンがたよりなくめくられていた
ふとくて深い八月の闇が覗いていた
オモニはぼくについて何も聞いてこなかった
オモニは忘れものを取りに来たということだった
愛人は三人分のタバコの煙と吸い殻を気にしていた
電話してくれたら、届けたのに、
それが賢い方法やったなあ、
もうあかんで、転落死すんで、ほんまに、
ぼくはふたりをオモニの家に送り届けてから
じぶんの家に何くわぬ顔をして帰った
誰もいないリビングに明かりをつけて
ソファにどかっと寝ころんだ
オモニが面白いよと言っていた
西村京太郎のオーロラ殺人事件を読んでみようと思った