花の名前をおぼえられない
角田寿星


コスモスがコスモス色に咲いてて
ススキがススキのように揺れてる
土曜の朝
私鉄沿線の住宅地を
ぼくとたあくんは歩く

めずらしく陽が射している
建物の影が舗道をおおって肌寒い
ぼくは細長く伸びるわずかな日向をえらんで歩き
たあくんは
カエデの型をしたカエデの落葉を次々に踏んで
足裏の感触をさくさくと楽しんで歩く

たあくんも もう6歳
三語文までは話せるようになり
自分の意志も少し伝えられるようになった
ひらがなを書けるようになった
「小学校の普通学級は…ちょっと無理ですね」
と つい先日 通告された

名前の知らない木が白い大きな花を咲かせている
名前の知らない鳥がどてっぽーと鳴いてる
ぼくは無言で
たあくんはぼくの知らない歌を小声でうたっている
ページを開きっぱなしの本や
封をきらないまま積み上げてる専門書
のことを思いだす

ぼくはつまりそんなふうにして今まで生きてきた

近所のちいさな公園は愛犬家たちの社交場になってて
ちょっとしたドッグランの景観で
すごく楽しそうだ
ぼくの知らない近所の人たち
どこかの子が怪我でもしたのか
なけなしの遊具がまたひとつ撤去されてる
たあくんは犬がこわくて
公園に入れない
両手で耳をふさいだまま立ちつくしている
ぼくはたあくんの肩に手をやって話しかける

ぼくは知っている
耳をふさぐたあくんのしぐさは
気持ちを落ちつけるサインのひとつで
ぼくはそれだけを知っていて
たあくんの視線はぼくの知らない空間を見つめたまま
固まっている

公園を背にして ふたり
もう慣れてしまった舗道を歩いていく
たあくんが手をつなごうと右手をぼくに差し出す
ぼくはたあくんを見ないまま左手で
たあくんのちいさな手を しっかりと握りしめる
あたたかい ひざしが



自由詩 花の名前をおぼえられない Copyright 角田寿星 2010-01-23 21:02:18
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