波打ち際、ゆめは覚えてない
あぐり



海の
低く濡れた海の
あなたの声より低く濡れた海の
さよならなんて言い出したあなたの声より低く濡れた海の
掠れた海の波の
途方もないたくさんの囁きたちが
あした、砂浜に降っていく

今日はね
わたしのからだが欠けていった
燦々と過ぎていく風に拐われていく
ゆびさき、爪のしろいぶぶん。
あんなにもかたくかたく
守られていた約束だったのに

(こわいゆめをみておきた
あなたがそばにいない
いやだ、いやなんだ
はなれないで
ずっとわたしにそそいでほしいよなみがとまらない)

波打ち際にうずくまるひとりの朝には関係のないさかなたちがぴちぴちとしなやかに跳ねている
銀の鱗
その鱗に刺さるようにある飛べないひれを
わたしだってもちたい
呼吸をおしえてよ
さよならをしなせてよ
ほんとうはずっとないてる
波、ないてる。

そんなにもあなた、
傍にいてくれてたのなんて
わたしは気付いてなくて
むせかえる潮の香りに
多分ずっと咳き込んでいたからあいしてなんて言えなかった
叫んでも叫んでも
この終わらない海がぜんぶをふやけさせてちぎれさせてしまうから
わたしは昨日、
新しく産まれた珊瑚の色を考えることしかしなかった
いつだって
さいごにしろくなってしまう彼等を
諦めずにあいすのが出来ない できない
爪のしろいぶぶんが欠けている

怖がらないでいいのに
およげない
呑み込まれていくのは赦されないと出来ない できない
あいたいよ
あいたいよ
静けさにまた息が出来ない できない

海の
低く濡れた海の
あなたの声より低く濡れた海の
さよならなんて言い出したあなたの声より低く濡れた海の
その繰り返していく青さの果てで
あなたの瞳を深くさせてよ
波がとまらない
もし今日の夜だってひとりになるなら
何度だってあなたの背中のかたさを想うだろう
いきてる
うんと息を吸い込んで
咽の真ん中、
あなたの匂いをさがしてる




自由詩 波打ち際、ゆめは覚えてない Copyright あぐり 2010-01-18 22:34:23
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