鏡の中から
吉岡ペペロ
山陰地方の刑務所で演奏したことがある
開演まえ刑務官が所内を案内してくれた
哀しみの影を探そうとしてしまうわたしがいた
風呂場も見せてくれた
それには少し違和感をおぼえた
演奏会がはじまると
受刑者の方々が機械的な拍手をしてくれた
演奏会も機械的に進んでゆくようだった
イタリアの歌曲をソリストとして歌った
泣いている女性がいた
いつもより観客を見つめてしまうわたしがいた
なぜかこころには一枚の鏡が浮かんでいた
それは大きな一枚の鏡で
風呂場の脱衣所の鏡だった
受刑者たちが鏡の中のじぶんを見つめている
鏡は受刑者たちを見つめている
受刑者たちがわたしを見つめていた
わたしは鏡になって
鏡の中の透明感に酔っていった
透明な哀しみには影がない
わたしはそんな感覚を思いながら
イタリアの歌曲を歌っていた