白い風船
殿岡秀秋

ぼくは少年のころ
特別な存在だった
月光が家の前の袋小路を照らすころに
宇宙から迎えの使者がくるはずだった

トイレの中の窓がまぶしく光る夜
ぼくは何事かと小窓をあける
袋小路に円筒の光が立つ
その中に宇宙船が降りてくる

扉が開き
宇宙服を着た使者が降りてくる
「あなたは宇宙の王の子です
人間を経験するために
仮にこの家の子になったのです
これからは宇宙の王の子に戻ります
これはその印の風船です
ただしほかの人間には見えません」

ぼくは白い風船を受けとる
その瞬間からぼくには
宇宙の王の子にふさわしい
力が与えられる

白い風船はどこにも着いてくる
そばにいてくれれば何でもできる
ハーモニカ
鉄棒
跳び箱
算数
漢字の書き取りも
スイスイできるようになる

クラスのリーダーになる
女の子の人気者になる
こうでなくっちゃ

しかし昨夜も今夜も
遅くまで待っているのに
宇宙からの使者は訪れない

先生から二十点の答案用紙を渡されたついでに
貧乏揺すりを注意される
男の子にいじめられて
女の子に馬鹿にされて
小学校に行くのがいやで
ひとりになると
やはり
宇宙からの使者を待っている

だれもいないときに
秘密の使者はくるはずだ
その日から
ぼくは変わり
みんなを見返してやることができる

しかし使者はやってこない
王の子の印の白い風船もない

家が引越して
小学校を転校した
ぼくはこのまま
宇宙からの使者が来ないことも
ありうると思った

縁日で
親にねだって
白い風船を買ってもらった
かえり道で
躓いたときに
手から紐を放してしまい
風船は月に帰っていった

ぼくは特別な存在ではなくなった

新たな小学校で
後ろの席の男の子と仲良くなって
放課後遊びにいく約束をした
校舎の窓が
まぶしく光った気がして
振り返ったら
秋の陽が笑っていた






自由詩 白い風船 Copyright 殿岡秀秋 2010-01-16 05:40:09
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