クリオネ・リマキナ 〜海の妖精〜
鵜飼千代子

 恐くなってしまったんだよ
 手に入るなんて思っていなかったん
 だから

 難しいことなど一つも考えず
 ただ 魂が引っぱられてた 
 心配だったんだよ

 先の事なんてちっとも考えていや
 しなかった
 あるはずの無いことなど
 考えているわけ ないでしょう
 
 いくつもの海を越えることより
 仲間がいてとれているバランスを
 無くしてまだ
 あれるのかどうか

 それが とてつもなく恐かったんだ

 どうして どうして
 僕のところになんか
 飛び込んで来たんだよ
 そんなに一生懸命に
 見つめるんだよ

 世界中で一番淋しいのは 僕なんだ
 いつもひとりぽっちなのは 僕なんだ
 あなたを傷つける奴は誰ひとり許さない
 そう誓ったのは 僕なんだ

 それなのに なぜ
 なぜ 僕を傷つける

 なぜ 僕を傷つけるんだよ
 ねえ
 ねえ あなたは

 そんなにも深く
 そんなにも強く

 明日が見えない
 昇る朝日は 苦しいだけで
 おなじ今日が やってくる

 涙に暮れるこの部屋が
 いつか 艶やかに輝く朝は
 やってくるのか

 いつか いつの日か
 やってくる日はあるのだろうか

 ごめんなさい ではかたずけられない
 ありがとう で足りるはずなどない
 のに

 零下の透明な水の中
 その小さな手が 捻れるほどいとおしくて
 魂と脳だけが 橙に透けて
 命の炎を見せつけられているようで

 なんて 原始的な
 なんて なんて原始的な姿なのか

 いま 僕にわかるのは
 凍てつく澄んだ 青の中
 あなたが生きている 
 ということだけで

 その小さな手を休めずに 
 生きる事をしている 
 その姿
 だけなんだよ

 いつか いつの日か
 その幻だけでも 抱ける日はやってくるのか
 やってくる日はあるのだろうか

  *

 あなたが 
 ハダカカメガイになる頃に



初出 NIFTY SERVE 旧FPOEM (パソ通時代のFPOEMの前身) 1997.07.29
改訂
詩集 ブルーウォーター 所収


自由詩 クリオネ・リマキナ 〜海の妖精〜 Copyright 鵜飼千代子 2010-01-14 20:27:40
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