この森をかつて君と歩いた
瀬崎 虎彦

カテドラルより鐘の音がこぼれてくるので
僕は屋根裏のようなその図書室で顔を上げる

埃っぽい書物たちの潜む書架が
ひとたび足を踏み入れては還れぬ森のようだ

森の中には誰もおらず
時折ドアが開いて閉じる音がするばかり

歌い手たちはとうの昔に
歌うことをやめてそれから存在することをやめた

窓を雨が打つのに遠方の空は澄んだ水色で

取り返しのつかないことはすべて
金属の粒子のように肺の奥に付着している

閉室時間が告げられるとじっと目を休めて
冷たい無人の森の音に耳を貸すのだ

この森をかつて君と歩いた


自由詩 この森をかつて君と歩いた Copyright 瀬崎 虎彦 2010-01-10 22:03:07
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